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2008年06月18日

青年部イベント終了!!

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法政大学統一OB会青年部です。

報告が遅れましたが、6/12のイベント報告をいたします。
おかげ様で60人(主催者:統一OB会青年部発表)もの方々に集まっていただき、
盛況のうちにイベントを終えることが出来ました。
来ていただけた皆様、本当にありがとうございました。

当日は場所柄、襲撃事件が起きたらどうなるかなあ、
「阿佐ヶ谷LOFTA襲撃事件を許さない会」とか出来るのかなあと
不謹慎な想像もいたしましたが、そんなこともなく、平和に終わりました。

第一部では法大哲学科出身にして、黒ヘルOBの
弓山達也氏にスピリチュアルの現状をお話いただき、
東京新聞記者の田原牧氏にはネオコンの現状について
語っていただき、非常にアカデミックな内容となりました。

第二部では暴力を巡る議論が活発になされ、
ロフトプロジェクト代表である平野悠氏(元2次ブント)と論争にもなりました。
平野氏は非暴力を訴えるのに対し、出演者の多くは
状況により暴力は許されるのではないか。
暴力にも質があるのではないかと、激論となりました。
現役の文化連盟諸君も果敢に論争を挑んでいたのが印象的でした。

今後も機会があればこのようなイベントを企画していきたいと考えています。

*参考blog
法政大学文化連盟:阿佐ヶ谷ロフトイベント無事終了!

2008年05月31日

文化連盟主催の抗議集会に行ってきました

5/30に開催された法政大学文化連盟主催の抗議集会に
法大市民監視団団長の矢部史郎氏と共に行って、監視してまいりました。
ちなみに統一OB会は4人集まりました。

文化連盟の諸君が気落ちしていたりしないか気になりましたが、
そんな事もなく、元気にキャンパス中央と正門前で演説していました。
危惧された弾圧も特になく(とは言っても公安が40人くらいいましたが・・・。)
集会はスムーズに終了いたしました。

恩田君の声明が関係各所で話題を呼んでいるようですが、
若者は「やりたい時はやりたいようにやる!!」ものです。
統一OB会は若者の自己表現を応援します。

P.S そういえば、ついに統一OB会のメンバーも学外者として大学に入れなくなりました。
   卒業生(校友)が入れない大学とは・・・。近藤さん、説明してくださいな。

2008年05月26日

処分者へのインタビュー

統一OB会報道部は処分直後に恩田君にインタビューを行なった。

OB会「教授会ではどうでした?」
恩田君「なんかお説教されましたよ。和解したとは言え、暴力があったのは事実だから。」
OB会「停学中は大学に入れないの?」
恩田君「自宅謹慎だからね。入れないっぽいですよ。」
OB会「ちなみに、弾圧をやってるジャージ部隊はそんなに凄いの?」
恩田君「ヤバイです!どれぐらいって言うと、おまわりのやってることと変わらないからね。
    殴るけるは平気でするし。公安が止めに入るくらいヤバイんですよ。
    おまえら止めろって(笑)」
斉藤君「学生が見てる前で横断幕を破く。腹にパンチとか入れたりして。」
恩田君「あいつらなんでもやるから。」
OB会「明日以降はどうするの?」
恩田君「いやー、何も決まってないです・・・。」
OB会「そうですか・・・。まあ、2週間を充電期間だと思って・・・。」

なお、文中のジャージ部隊は、報道部の人間も実際に見たが、
体格のいい、ゲバ職ぐらいしか出来なそうな部隊でした。
20台くらいの柔道でもやってそうな人間は噂では警備会社から雇ったとか。

先日紹介したyoutubeの動画などを拝見する限り、
どう見ても大学の方が暴行しているとしか見えない。
大学の質が問われている。

2007年12月29日

12.26 第九回公判レポ

12月26日、第九回公判のレポになります。

今回の抽選は傍聴席27席に56人といつも通りの倍率。
まあ、大学のバイト動員がなければ、すんなりとほぼ全員が入れるはずなのですが…。
そういえば、裁判傍聴で有名な阿曽山大噴火氏も並んでいました。
法廷の傍聴席にいなかったところをみると、抽選にはずれてしまったのでしょうか。

10時の定刻に開廷しましたが、最初はmixiに本裁判の事を書き、
支援者や被告人代理人に対して罵詈雑言を書いていた
裁判所事務官の問題についての議論がなされました。
この問題の詳細はコチラ

藤田弁護士が裁判所に事実関係を追求すると、
福崎裁判長は「そのような事実はあったようである。ただ、職務外での行動で
あるし、見てわかるようにこの事案から外したので、審理に問題はない。」との事。
藤田弁護士が「職務外であっても、関係は職務で築かれたものであるし、裁判所と検察が
飲み会で関係を築いているのでは、裁判所に対して信頼が出来なくなる。」
と、追求を続けました。
しかし、福崎裁判長は同じ回答を繰り返し、また「裁判所とこの裁判体は別であるから、
裁判体としては審理を続ける上で支障はない。」と、イマイチ的を射ない回答に終始。
最終的には藤田弁護士の「今後はこのようなことはおこさないと約束しますね?」
という質問に「約束します。」と回答して問答は終了しましたが、
この問題の話で30分ほど使ってしまいました。
最初から素直に謝っていればこんなに長引かなかったのに…。

しかし、気持ち悪かったのはこの問答が続いていた時の検察官の態度。
ニヤニヤしながら聞いていました。いや、そっちのせいでもあるだろうと。

続いて安東祐希学生部長の弁護側尋問に入ります。

河村弁護士が安東学生部長の就任時の経緯について質問。
「証人は哲学科の中では末席の教授ですね」
「その通りで、一番若いと思う」
「学生部長にするために教授になったのではないですか」
「そんなことはない。教授への審査もあったし、その際は
 次期総長も決まっていない時期だった」
「弾圧シフトを作るために学生部長になったのではないか」
「そんなことはありません」
→当時の総長選では、平林が当選するためにポストを配っているという
 話が複数の教職員から入ってきていました。その辺を考えると、
 事前にポストが割り振られていた。さらに教授職も約束していた
 と考えられてもおかしくはないでしょう。

で、掲示物規制の経緯などの問題。
こちらは長いのでまとめますと、
○2000年に実態に沿った掲示物のルールを作った、当時の学生が
 強く反発し、説明会も阻止されたのは聞いている。
○2006年のルールは学生へのアンケートの結果に答えたものだ。
○2006年のルールは2000年のルールを厳しくし、
 規制を拡大したものではない。2000年の「精神」に基づいて、
 あくまで「補完」したものである。
*ちなみに安東はしきりに「精神」という言葉を使っていました。
 数学者なのに、「精神」をもちだされてもねえ。
○2/27に発表して3/14に実施することについて周知として不十分
 だったとは思っていなかった。2週間あれば学生団体に行き渡ると考えた。
○春休みで人の少ない時期を狙ったわけではない。入試次期は業務が
 STOPするので、終了後速やかに実施しようとしただけだ。
→この他にも、3月上旬の各種学生サークルの抗議活動を
 全くの不当なものであるかの言いようが印象に残りました。

そして、安東がよく言う、「学外団体」の定義や3.14事件の話です。
○学外団体の定義→学外の人間が活動の中心、学外の活動が中心と考える。
○3.14当日は40人体制で臨んだ。総務が集めた。
○(目の前で立て看板の撤去を行ったことについて)
 深夜に撤去を行うのがよいとの意見も学生部内ではあったが、
 大学の意思を当該団体に明確に示すために彼らの目の前で撤去することにした。
○(それは挑発では?との質問に)そうではない。正当であることを示す必要があった
○警察とは私は協議していないが、大学は行ったのではないか。
 総務からそのような話を聞いた。大学に危機が迫っていると伝えたと。
→その学外団体の定義に従うと、かなりの団体が学外団体認定されるし、
 今、大学に貼っているビラでもそういうのは見受けられるような。
 結局、政治思想で選別しているだけですね。
 おまけに、この尋問で3.14事件は自らが引き起こすべく起こした
 事件であることが明確になりましたね。深夜にコッソリでもよかったでしょう。

ここで、12時になり今回の尋問は終了。
まだ3.14当日の動きなので、次回も安東学生部長への尋問になります。
次回は1月11日の10時から(抽選券配布は9時20分まで)

最後に新井君から検察からの保釈取り消し請求について意見。
(12月27日に請求は却下されたようです。よかったですね。)
なんでも、当日は学内に残した忘れ物をとりに行ったところ、
安東学生部長達が自分から向かってきて接触したそうです。
友部君が「安東達が自分の家に突入してきたらどうすればいいのか」
と、述べていましたが、確かにその通りで、却下されてよかったと思います。

ちなみに、裁判終了後にヒマだったので色々な裁判を
傍聴してきましたが、国労5.27弾圧の裁判を見た際に、検事席に見知った顔が…。
そう、4,27裁判で常に傍聴席から一番近い場所に座り、
他の検察を指揮しているように見受けられる検事がいました。
弾圧専門の検事なんですね…。

2007年12月09日

12.7 第八回公判レポ

12月7日、第8回公判に行ってまいりましたので、レポします。

今回の抽選には傍聴席26席に50人余りが詰め掛けました。
並んでいると、列の後方に明らかに裁判傍聴に来たとは思えない、
人たちの姿がチラホラ…。
おそらく大学が雇ったバイトなのでしょう。
彼等は抽選後に弁護士会館に集合し、元締め風の人間が
金を渡しているのを偶然、見たという学生の証言もあります。
その光景を見た学生がバイト君や元締めに質問すると
慌てふためいて逃げて行ったそうですよ。

大学当局もセコイことしないで、傍聴席が欲しければ本人が並びなさい!!

法廷前は厳戒態勢で、警備や事務官や制服警察、
公安警察などなど総勢40人程はいたでしょうか。

さて、裁判本編ですが今回の公判は学生部課長の
近藤清之(友部君に暴行されたとでっち上げている自称被害者)への
弁護側による反対尋問です。

今回、気になった点は以下の点でしょうか。

○友部君が近藤を始めとする教職員に暴力的に羽交い絞めにされて排除される
 シーンが流れたのですが、その際に明らかに浅見学生部次長が
 「なめるなよ!!」など友部君を脅しているシーンがあるのです。
 藤田弁護士が「これは誰の声ですか?」と聞いたところ、
 近藤は「わからない。覚えてない。」を連発。
 自分の長年の上司の声も覚えていないことが判明しました…。
 なお、近藤はこの他の尋問でも「わからない」「記憶にない」
 という回答を連発してましたね。あなたはどこぞの政治家ですか?

○友部君が暴行したとされるシーンの直前に公安警察が
 511教室前の出入り口に入ってきて、友部君を逮捕前に
 拘束しようとしたのですが、藤田弁護士が
 「大学の教職員として警察が入ることに違和感を感じなかったのか?」
 と聞くと、「混乱していたので…」と。
 ビデオからは冷静に事を運んでいたように見えたんですがね。
 つーか、「警察だ!」と言って警察が来て、疑問を持たないようじゃあ、
 大学の職員として問題あるなあと。

○ビデオには浅見が友部君の手を執拗に叩いたり、腕をひねったり
 する場面がありました。こっちの方が暴行だと思わなかったのかという
 問いにも「流れの中なので…」ですって。自分勝手な解釈ですね。

○また、藤田弁護士がビデオや反対尋問を通して
 学内に混乱は生じていないし、大学自身が混乱を
 自ら作っていることを証明しました。

○裁判所側の質問も近藤の証言や行動に疑問を持っているように感じる質問でした。

近藤の尋問は4時くらいに終了。
次回公判は12月26日10時開廷(9時20分抽選)で安東学生部長への反対尋問です。

ちなみに、今回の退廷者は4人。現在、1人が東京拘置所に監置されています。

しかし、近藤は良心が痛まないのでしょうか。
検察の異議によって返答はありませんでしたが、
友部君が近藤氏にこういいました。
「近藤さんや学生部は変わってしまった。学生は皆怖がっている。」

もう一度、近藤は自分の行動を振り返ってみるべきでしょう。

2007年11月21日

受難の法大生、シャバへ

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19日、東京高等裁判所が友部、新井君の保釈を認め検察の抗告が却下されました!!

統一OB会は4名で裁判所前に集結。
当初は3時までに出るという情報もあり、昼頃から保釈金を持って待機。
裁判所前で抗議活動を行っている人々や、学生の抗議に
興味を持ち話しかけてくる人々と交流しながら寒空の中、待ち続けました。
しかし、3時を過ぎても保釈決定の情報は来る事がなく、
「今日はもうダメかな…」と周囲と話し、
「用意した保釈金をどこに置こう。このまま持っていると「ちょっくら増やしてくる!」
と言って金と共に消えてしまいそうだなぁ」と話していると、
16時にようやく保釈決定の情報が入りました!
7ヶ月に渡る異常な拘留もようやく終了するということで支持者と喜び合い、
直ちに東京拘置所へ迎えに行きました。

小菅の駅に降り立つと、学生のブログを見て駆けつけた
人たちが集まり、十数人で2人が出てくるのを待ち続けました。
(公安刑事も一緒に5人ほど待ち続けてくれました。お疲れさんです。)
その間に、どうやって歓迎しようか、彼らはどんな小ネタを用意してくれるのか等を
楽しくみんなで考え続ける学生。仲間が帰ってくるのですから当然ですね。

待ち続けること2時間、19時ピッタリに東京拘置所の門が開き、
荷物を持って2人が出てきました。
二人とも7ヶ月の拘置所生活にもかかわらず元気そうで何よりでした。
仲間の抱擁や握手攻めにあい、非常にうれしそうな二人。
花束を受け取り、全員でインターナショナルを歌いました。

今回の保釈には厳しい条件が突きつけられていますが、
まずは2人にはゆっくり休んでもらい、続く裁判のために頑張ってもらいたいと思います。

2007年11月09日

外山恒一のイベントに参加

遅ればせながら、イベント参加報告です。

統一OB会の一員である中川文人が、11/2にネイキッドロフトで行なわれた
ジーク外山Presents「第四回政府転覆共同謀議」」に出演してきました。

外山恒一、ペペ長谷川、山本夜羽音という80年代から
90年代、そして現在に至るまでの運動を語る上で欠かせない人間が
出演し、観客はWEB等ではなかなか語られない運動史に耳を傾けていました。

大学以外での社会運動の話が中心となり、
法政大学での運動史はなかなか語る事ができませんでしたが、
話の流れの中で法政の学館と社会運動が密接に関わってきた事もわかり、
学館は重要だったと再確認しました。

なお、会場では統一OB会のビラも配布しましたので、
これで現在の法政の弾圧も世に知れ渡ったでしょう。

2007年10月29日

10.26 第六回公判

みなさんこんにちは。
統一OB会、法大市民監視団を代表して10月26日に行なわれた
4.27法大「暴行」でっちあげ弾圧の第六回公判の模様をお伝えします。

まず、傍聴席は抽選なので整理券を受け取って並ぶわけですが、どこか異様な雰囲気。
まるで裁判に感心なさそうな人が並んでいるのです。
理由は簡単、法政大学職員や雇われて並んでいる人がいるからですね。
傍聴席26で希望者が63人という、高倍率な状況はこうして生まれるわけです。
そして、実際に傍聴に出てみると、3席ほど空席があるという。
当たった整理券を傍聴券に引き換えず捨ててしまう人がいるのです。
明らかに市民の裁判の傍聴権を妨害しているとしか思えない行動です。
大学関係者が今回の弾圧の支持者の傍聴を妨害するために行っているのでしょう。

なお、統一OB会と法大市民監視団関係では2席確保する事ができました。
そして、傍聴に向かったわけですが、本来の裁判では裁判所の入口での
手荷物検査場を通過すると、そのまま法廷まで行けるはずなのです。
しかし、この裁判では法廷前の廊下に多くの警備が導入され、
法廷に入る前に持ち物を預け、携帯電話でさえも取り上げられてしまいます。
他の裁判ではこんなことせずにフリーパスで入れるのに・・・。

法廷に入って辺りを見回しました。3~4人が法政大学関係者で
その中には過去に法政大学の学生に暴力を働いた
菅野俊一(学務部次長、法政ナレッジ・クリエイト(株)専務取締役)の
姿を見ることが出来ました。

今回は主尋問ということで検察側の質問に証人が答える事になります。
最初の主尋問は新井君に投げ飛ばされたとされる佐藤友彦(総務部次長)です。
頭に残った発言は以下の通りです。

「ウッウッといううめき声が聞こえた。
 見たら安東学生部長の首を新井君が後ろから絞めていた」
→ウーン、あんなに騒々しい中でうめき声なんか聞こえるのですかねえ。

「被処分者のU君とともに新井君を外に出した。その後、正門前で体が相対する形となり、
そこから横に回られ投げ飛ばされた。腰の辺りをドーンと打ち付けた。
 その後、中にいる警察に新井君は逮捕された」
→私はよく聞き取れなかったんですが、他の方に聞くと投げ飛ばされた際には
 体が空中に浮いたみたいな話もしていたそうです。
 しかし、どんだけ強く投げ飛ばされたんだか。体が空中に浮くって・・・。
 おまけにこの後の商人の発言にも出てきますが、警察が平然と構内にいることに
 違和感を感じないのは大学として危機的かと思いますよ。

「打ち付けた腰の痛みは2週間ほど続き、診断は全治10日の打撲。
 日常生活に支障があり、腰を上げる際に痛みが走った。」
→それって、元々腰痛持ちというオチではないですよね?

「裁判所には厳正なる処分を求めたい。学生、父母、OBみんなが
 法政を良くしたいと思っていて、同様の事を感じている」との事。
→逆に大学がおかしくなっている恥を知れ!と
 思っている法政OBも多数いるんですけどね。
 市民にも「法政はおかしい」と署名を送っている人はたくさんいるのですが、
 その声は届いていないんでしょうか?
 都合のいい声だけしか聞いて無い大学は滅びますよ。

二人目は友部に頭突きを受けたとされる近藤清之(第一学生課課長)の主尋問です。
「ボアソナードタワー(以下BT)玄関で浅見(学生部次長)とキャンパスの監視をしていたら
 友部君が近づいてきて抗議をし始めた。そして、55年館の踊り場付近で騒動になった。
 浅見のメガネが吹き飛んだり、2対1では危ないと考え応援を呼んだ。
 安東学生部長からBT通用門から出すようにと
 指示があり511前経由で追い出そうとした。そして、エレベーターホール前で抵抗が
 激しくなった。苦労していると、警察が中に入ってきた。
 理由は分からないが、これで外に連れ出す事が出来ると思った。」
→これで外に連れ出す事が出来ると思ったって・・・。
 大学の自治はどこに行ったのでしょう?

「その際に頭突きを受けた。衝撃で目の前が真っ暗になった。
 激しい痛さで、わざとやったとしか思えない。そして友部君は逮捕された。」
→どれほど強い頭突きを受けたんでしょうか?というか、それほど強い衝撃なら
 即時に病院行って脳波を確かめた方がよかったんじゃないですか?

「被害にあった当日の夜に病院に行き、頭部打撲と診断された。
 直径3~4cmのタンコブが出来、1週間程度痛んだ。」
→タンコブですか・・・。

「被告に関しては支持者がビラ配りを繰り返し、一般学生に迷惑をかけている。
 写真や名前の入ったビラを配られ誹謗中傷を繰り返している。
 法にのっとって処分をお願いしたい」
→少なくとも我々は誹謗中傷はしていないし、
 事実を書いているに過ぎないと思いますよ。それにこの事実を少しでも
 知ってもらうためにビラを配布するのは、憲法上、許される権利だと思いますよ。

三人目に、いよいよ安東祐希学生部長が出てきました。
安東は新井に暴行を受けた被害者とされていますが、尋問はそれよりも
昨年の3.14に発生した立て看板の規制に反対した学生29人を逮捕した事に始まる
一連の流れの質問が多く、学生部長としての職に関連した質問がほとんどでした。

「これまで本来は、学外の団体のビラや看板を立てては
 いけなかったのだが、法政ではそうではなく、正常化しようとした。」
「研究、教育施設として環境の整備を行なおうとした」
→研究、教育施設としてもっとも大事な事はなんでしょうか?見栄えですか?
 大事な事は研究が自由に出来るように、思想で時の政府から弾圧されないように
 表現や思想信条の自由を保障することではないですか?法政大学は逆行してますね。

「全学連と3.14に抗議する法大生の会は関連していると考えていた。
 HPや紙媒体(前進、定期購読してるとの事)の文章と
 似たような内容でもあったのでそう判断した。」

「4.27の件は1週間から10日前くらいにビラなどで知った。
 法政の方針としては構内で集会はさせない、出入り口を正門のみにする。
 入構禁止者を入れないようにするということだった。」
「この方針は総長から了承を得ていたし、理事会、学部長会議でも了承を得ていた。」
→ここで安東学生部長の証言によって、法政大学という法人組織全体が
 この弾圧を行っていたということが明白になりました。
 (前から明らかといえばそうですが)
 特に経営サイドである理事会だけでなく、教学サイドの学部長会議で
 了承されていたというのは深刻です。教授の皆さんは自分が今研究している分野が
 脅かされるという可能性を考えた事は無いのでしょうか?
 特に法政大学は政府と相対する研究を行なっている人が多かったはずですが。

「当日は8:00に学生部・総務部による本部を作り、その他の職員は11時に集合した。
 責任者は安東学生部長であった。」
「新井については処分をされていないので入構禁止になっていない」
→入構禁止になっていない者を何故、学外に排除しようとしたのでしょうか。

「被処分者のU君を学外に排除をしようとしたら新井君が体当たりなど妨害をし始めた。
 そして、後ろから首を絞められU君の手を放さざるを得ない状況になった」
「新井君はU君の排除に伴って妨害し始めたので、U君と一緒に出そうとした。
 また、暴行を加えられていたので学外に排除せざるを得なくなった」
「友部君は過去にも暴力を振るっている人間だった。」

「(支援者について)彼らは今も騒動を起こしている。集団として組織されている。
 法政をどう正常化すればいいかわからないが、このような行動はやめていただきたい。」
「身の危険を感じる事はしょっちゅうだ。彼らは暴力的に向かってくるし、
 インターネット上で誹謗中傷やデマを繰り返している。」
→先にも書きましたが、大学が行っている事を批判しただけで
 誹謗中傷やデマなんですか?おまけに事実を書いてきただけなのですが。

以上が尋問の主な内容です。もしかしたら細かいところが違うかもしれませんが、
主なところは間違っていないと思います。
友部君、新井君は元気そうで検事や証人に対して抗議の声を上げ、
福崎裁判長からの注意にも挫けず行なっていました。

退廷者は、ちょっと多すぎてよくわからないのですが、
少なくとも8人くらいは出ていたような気がします。そのうち1人は「拘束」されました。

最後に、保釈申請について新井君と友部君が裁判長に意見を行ないました。
なんでも、保釈申請は却下されそうだとのことです。
いくらなんでも「暴行」でこれ以上の拘留は常識の範囲を超えています。

1620くらいに閉廷。
で、帰ろうとしたところ支援者の方々が応援の声を
法廷に届けるために声を上げましたが、それに対して裁判所側が
「全員構外退去!」と指示を出し、警備が大量に押し寄せてきました。
その後、強制的に全員が排除され、裁判所の外に出されました。
次々と公安警察と裁判所側の警備が現れ、
警備と職員が裁判所の入口でピケを張られました。

裁判所の閉鎖性を表す出来事でした。

というわけで、長文でしたが裁判所の傍聴記でした。
次回は11月29日に行なわれ、佐藤・近藤への反対尋問の予定です。
よろしくお願いします。

2007年07月27日

法廷画家ジョー・マジャールの傍聴報告


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裁判官に無実を切々と訴える友部君


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友部君の証言にじっと耳を傾けている裁判官


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熱心に資料に目を通す新井君


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弁護人意見陳述を朗々と読み上げる川村弁護士


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意見陳述を聞いている検事。不機嫌そうだ。


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起訴状を棒読みする検事。どこか表情はうつろだ。

2007年06月30日

6・30アキハバラ解放デモに連帯

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革オタ同/革萌同/革非同の三派合同による6・30アキハバラ解放デモ」に
統一OB会の3人が連帯してきました。
(写真は主催者の一人がインタビューを受けている際の写真です)

2007年3月15日にUPしました、活動報告にもありますが、主催者のうちの
革非同(革命的非モテ同盟)は最近、法政大学が生んだ新たな運動体として、
「群像」やアエラに掲載されるなど注目されている団体です。

我々もその活動を側面支援しようと、集合場所である秋葉原、練成公園に出向きました。
そこで待っていたのは200人以上はいると思われる、人の群れ。
そして、ダースベイダーやセーラー服を着た男の人など、
コスプレをした集団が目に入りました。

人の数はあれよあれよという間に増えていき、出発時には300人程。
デモ中にも人は増えていき、400人以上には最終的になったのではないかと思われます。
土曜日の秋葉原ということで見物の人も多く、デモ隊を撮影する人と
デモ隊の区別がつかないほどに騒乱状況が生まれました。
また、参加者もそれぞれの主張を繰り広げ
(インターナショナルを歌う者から、旭日旗を掲げるものまで)
非常に愉快で楽しいデモであったと思います。

今回のデモは大成功と言ってもいいのではないでしょうか。
まさに革命史に残る偉業、絶賛しても絶賛しても足りないくらいです。
我々、統一OB会の今後の活動にも参考となるイベントでした。

*写真などはムキンポさんのHPを参照ください。
http://www.mkimpo.com/minibbs/kamex/imgboard.cgi

2007年06月16日

第3波総長室包囲デモに合流!

6.15に行われた第3波総長室包囲デモに合流しました。
学生のブログにもあるとおり、正門は閉鎖。キャンパス中央は立ち入り禁止。「よくもまあ、恥も外聞もなく」と思いましたが、あの荒涼とした光景は、平林の心象風景が具現化したものなのでしょう。
学生部前で行われた集会では、不当にも起訴され、今も獄中にいる2名の学生のアピールが読み上げられました。二人とも元気なようです。
集会後、デモにいったわけですが、デモ隊は30数名。それに対して警察側は制服、私服あわせて70名程度。
こんなことを書くのもなんなんですが、この日のデモでは制服組の「成長」ぶりが目立ちました。この一年で部隊行動にも慣れたようで、隊列は乱れることがなく、一人ひとりの動きも機敏になっていました。まあ、そんなことに感心していてもしょうがないわけですが、「部隊は実戦で鍛える」という、かつての法大学生運動のモットーを思い出しました。
それに対して、私服組はダレてましたね。表情からも動きからも「使命感」というものがまったく感じられない。まあ、学生弾圧なんかに使命感をもってもらっちゃ困るわけですが、「公務員」であるという自覚くらいは、最低限、もってもらいたいものです。
さて、統一OB会では今月末、会合をもち、公判支援の体制づくりなどについて話し合います。日時、場所等についてはここには明記できませんので、参加ご希望の方は統一OB会メンバーまでお問い合わせください。

2007年03月15日

ホワイトデー粉砕闘争(?)に合流!

カール・マルクスの命日にあたる3月14日、統一OB会は学生の呼びかける「3.14総長室包囲デモ」に合流しました。
「春休みだし、桜はまだだし」ということで、たいして人は集まらないだろうと思っていたのですが、どうしてどうして、デモに入ってからがぜん人が増え、デモ解散地点の東郷公園には警察関係者90人以上、飛び入り参加の幼児数名、幼児のママ若干名、その他野次馬多数を含む150人が結集するという異様な盛り上がりを見せました。
*集会、デモの様子はムキンポさんの下記ページをご覧ください。
http://www.mkimpo.com/diary/2007/hosei_07-03-14.html

昨日の戦いで特筆すべきは、この間、「恋愛資本主義打倒!」を掲げ、バレンタインデー粉砕闘争、ホワイトデー粉砕闘争を戦い抜き、「全学連よりも親不孝者の集団」と呼ばれている革命的非モテ同盟の決起です。革命的非モテ同盟の配る「万国のフラレタリアート団結せよ!」と書かれたビラは沿道でデモを見守る市民からも共感を呼び、デモコース及び公園のあちこちで、モテない学生、モテない市民とモテない公安刑事が対峙するというおぞましい光景が繰り広げられました。
法大学生運動からは、80年代の「野宿同好会」、90年代の「法政大学の貧乏くささを守る会」など、これまでもわけのわからん運動が生まれてきましたが、また、新たな潮流が生まれたようです。
なお、革命的非モテ同盟の戦いは、近々、「アエラ」で紹介されるそうです。

2006年10月20日

法大はどのくらい「狭き門」になったのか?

不屈の法大生・久木野君のアピールを紹介してから、
「東大よりも『狭き門』になったのは快挙だ!」
「これで胸を張って法大OBと名乗れる!」
という喜びのメールが多数届きました。
そこで、実際、どのくらい「狭き門」になったのか測ってきました。

正門の開口部の間口は、構造的には12メートルありますが、本日、開いていたのは600センチメートルで、そのスペースの中に4人のガードマンが横一列に並んでいましたが、
向かって左側の門の端から一番左側のガードマンまでの間隔は40センチで、ここからキャンパスに入ろうとするとガードマンの足を蹴ってしまう、という感じ。
そのガードマンとその右隣にいるガードマンの間隔は90センチで、「半身になれば通れるけど、大きな荷物をもっているとガードマンに当たってしまう」という感じ。
そのガードマンと向かって右から2番目のガードマンの間隔は120センチで、ここがもっとも通りやすく、黒ヘルとヤッケと安全靴とトラメガとデモ指揮用の笛で「武装」したOBもここから悠々と入構していました。
右から2番目と一番右端のガードマンの間隔は80センチで、半身になってもガードマンと肩がぶつかるって感じ。
一番右端のガードマンと門の端の間隔は30センチで、「ネコなら通れるだろうけど、ちょっとね」といったところでした。

これが法大の「狭き門」の実寸です。

2006年10月14日

10月13日に行われた第4回審尋のレポートです

今日も3人の弁護士の方に5人の当該メンバーが揃って審尋が行われました。
今回から、3人の裁判官による合議で審尋が進む事に。

審尋の内容は提出された書面の確認が主だったようで、
肝心の答えはまだです。

今後、処分にいたる教授会の議事録の提出を求め、
また3.14だけだった処分理由が拡大した理由は何故かの
説明を求めていくそうです。

また当該の陳述書面を作成し、争点を明確にしていくとの事です。

で、次回は11月21日の11:30になります。
って、仮処分は早く答えを出すための手続きだったはず。
これでは勝利した頃には確実に1年以上の留年です。
いい加減にしてほしいです、ホント!

弁護士さんからは、社会的な反撃で大学を孤立させる
必要性が述べられました。
投稿、ブログなど、心ある方は是非ネットで!口コミで!
法政の現状を伝えてください。

(レポート:峰岸)

2006年09月22日

第2、第3の「9.21」を!

昨日(9月21日)の「法大正門前酒集会」には、21世紀法大学生運動の扉を開いた伝説の9.21戦士、伝説の革命家・外山恒一氏をはじめ、全国から戦士が結集。総勢50人ほどで大いに盛り上がりました。

集会開始時間の8時頃には、学生のブログでもお馴染みの「背広警備員」がキャンパス内の物陰から写真を撮ったりしていましたが、「そんなところで、こそこそ写真なんて撮ってるんじゃねーよ。この、のぞき野郎ー」とわれわれが弾劾の声を上げるとあっさり退散。「あのおっさん、意外と気が小さいんだな」ということが明らかになりました。

集会では9.21戦士より、9.21闘争の歴史的意義が語られ、この偉大な戦いの正当性が再確認されました。
戦士の中には大学から訴訟を起こされたり、就職がおじゃんになったりしたものもいたようですが、それでも、「何一つ後悔していない。9.21は正しかった」と当事者たちが言い切っているのですから、これは偉大なことです。

集会は深夜まで続き、最後は9.21戦士による断固としたシュプレヒコールでもって幕を閉じました。
そして、「次は10.20に会おう」「軍手、マスク、大きめのタオルを忘れないように」「安全靴はよく磨いておこう」と確認し合いながら解散しました。

学生諸君、伝説の9.21戦士たちも諸君らの戦いを見守っています。思う存分、戦ってください。

・9.21闘争とは
2001年9月21日、法大当局が各大学の学長や悪徳企業のボスなどをボアソナールタワーに招き、悪の相談を行おうとしていたところに、20数名の決意した部隊が突入し、床にはいつくばって難を逃れようとしていた某有名私立大学前総長の背中にスプレーで「犬」と描き、また、ライブドア事件・村上ファンド事件の黒幕とされている某在阪球団のオーナーにペンキをぶちまけるなどして悪の集会を木っ端みじんに粉砕した正義の戦いです。

2006年09月13日

本日(9月13日)行われた第3回審尋のレポートです

夏休みも終わって、いよいよ秋本番という感じの今日、
東京地裁に行ってきました。
中に入るのは22年ぶり。
荷物検査に金属チェックのゲートと
物々しくなっていて時代を感じました。

さて、審尋内容は別途詳しい報告があるでしょうから、
私の感じた事を少し。
まず、当該の学生は5名とも参加していました。
彼らとて、ごく普通の男子学生。
先行きの不安が表情に現れていて印象的でした。
学生という身分が守れるのか、
守れてもいつになるのか。
今この瞬間を不安に過ごして、
人生の一部を浪費してしまう事に
改めて怒りを感じました。
今だから学べる事を強引無情にさせない
法大平林体制は1日も早く打倒しなきゃねと。

審尋終了後、弁護士さんからは
今後合議制になるかもとありました。
「どういうことですか」という当該からの質問に
「1人で答えを出すにはびびる様な事件は
複数でやるのよ」という山本弁護士の言葉に、
今後、法廷での裁判?長期化?と思いました。
何せ国策で学生を切ろうとしたら告訴ですから、
裁判官も簡単に大岡裁きは出来ませんな。
多くのOB・現役・市民の結集で闘わないと
勝利はないのかなと。

私も正直白ヘルへのわだかまりはまだまだあるのですが、
それを乗り越えて
大きく右旋回しつつある時代にクサビを打たねばと思います。
何より当該学生の不安そうな顔は
いつ自分の表情になるやもしれない。
この危機感を忘れず、今後も活動します。

(レポート:峰岸)

2006年08月03日

「第6回・塩見塾」の報告(ロフトプラスワン)です

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7.29 ロフトプラスワンで行なわれた第6回塩見塾の報告をいたします。
と言っても、今回のイベントに関する具体的な話は主催者の
塩見孝也氏が下記のWEBベージにアップしています。
http://homepage2.nifty.com/patri/column/2006_07_29_juku_loft.html


ですので、補足的に記していきますが、
第一部では今回の闘争の流れが説明されたわけですが、
3.14弾圧時の写真は本当によくまとめられており、
大学当局の言う「業務妨害」行為がどこにもないことが明白になる内容でした。
また、6.15集会時の映像も大学職員の暴力や安東学生部長の
意味不明な説明が記録されており、より大学当局の破綻がわかる映像でした。
(なお、6.15集会時の映像は法大弾圧救援会で購入できます。)
弾圧を説明する際も明るく、裏エピソードを交えながら
説明していた当該の姿が印象的でした。


第二部では各大学の方や若者が自己の状況や
法大弾圧をどう見るかについて話されました。
法政大学防衛研究会という当該学生とは思想を異にする方が
言論人として今回の弾圧に抗議し、
連帯する旨の発言もあり、会場は新しい学生ネットワーク構築の
可能性を感じ大いに盛り上がりました。


第三部では、かつて法大学生運動の中で罵りあったりもした者同士が
年月を経て分かり合う姿が見られ、党派性を超えた運動の広がりを感じました。

イベント後には二次会も行なわれ、多くの方が参加して今後の
法大闘争の展開についてや過去の運動の裏話が披露され、盛り上がりました。
(当会代表の遠坂氏の誕生日を祝ったりもしました)

今回のイベントには80名の方が駆けつけてくださったようです。
本当にありがとうございました。
今後も統一OB会は当該学生を支援していきたいと考えていますし、
皆さんも法大闘争の今後の展開にご注目ください。

2006年07月15日

14日の正門前情宣のご報告

●元教員のY博士が決起!

38度の炎天下、文学部哲学科のOBにして法大の元教員でもあられるY博士を先頭に、9名の部隊で行ってきました。注目の平均年齢は40.9歳(体脂肪率の平均は若干高くなりました)。
統一OB会では6月に入ってから週一回、正門前での情宣を続けてきましたが、部隊の人数と平均年齢は下記の通り。

6月 5日(月) 3名、42.7歳
6月12日(月) 6名、40.7歳
6月19日(月) 6名、39.8歳
6月26日(月) 8名、39.4歳
7月 3日(月) 8名、44.4歳
7月14日(金) 9名、40.9歳

毎回、参加者は入れ替わっていますが、部隊の人数は増える一方。このことの持つ意味は大きいと思います。

●学内はノーパンしゃぶしゃぶの話で持ちきり

中川がインタビューの中でうっかり口を滑らせた「ノーパンしゃぶしゃぶ問題」については、この間、3.14法大弾圧救援会が連日、大情宣を展開したことで全学に知れ渡っていました。
(救援会のビラの内容は下記参照)
http://www.geocities.co.jp/houdaikyuuenkai/diary/diary.htm

この問題が投げかけた波紋は大きいようで、ビラ配りをしていた統一OB会のメンバーの元にも「教育機関にかかわるものとしてノーパンしゃぶしゃぶはいかがなものか」「こういうお店に出入りしている人に『評価』されたくない」という声が多数寄せられました。

●中川に襲いかかる親衛隊

昨日は、6月15日以降、鳴りを潜めていた親衛隊が久しぶりにキャンパスに登場し、中川を取り囲み、階級的憎悪をむき出しにして悪罵の限りを浴びせるという一幕がありました。「ノーパンしゃぶしゃぶ」によって当局が受けた打撃の大きさがこのことからもわかります。

●今後の取り組み

7月29日(土)、新宿ロフトプラスワンに出演します。
OBとして、これからどのように法大の問題に取り組んでいくかについては、それまでに決めたいと思っております。
ご意見、ご要望等のある方はお早めにご連絡ください。

2006年07月03日

正門前情宣の報告です。

今日の昼休みも正門前ビラ情宣をやってきました。
参加者は8人。今日は1967年入学の大先輩が加わったことで平均年齢は44.4歳。半数以上が「メタボリックシンドロームの疑いあり」という重量メンバーで、のっそのっそと正門前に展開し、学生、救援会の方々とともに昼休み終了までビラ情宣を貫徹。いい汗を流しました。
ビラのはけ具合は上々。今日は500枚のビラをもって正門前に向かいましたが、残ったのはわずか40枚。学生の意識の変化を感じます。そういえば、われわれに「お疲れ様です」と声をかけてくれる学生も増えましたね。

キャンパスの雰囲気もだいぶ変わりました。
学生が「安東前学生部長、出てこーい」とアジっても学生部はノーリアクション。出てきもしません。外堀公園に布陣している公安刑事も「一応、行ってきました」という「証拠写真」を何枚かとると、あとはタバコをふかしながら同僚と談笑。
誰もがギラギラしていた6月初旬の光景も異様でしたが、今日の光景もまた違った意味で「なんだかなあ」という感じ。法政大学はほんと、どこへ行くんでしょうね。
(注)「前学生部長」という呼称には、「おまえなんか、クビだ」という意味が込められているそうです。

今の法大の異様さを見たい方は、12時30分くらいに正門前に行くといいです。
だいたいいつもこの時間から学生の情宣がはじまるのですが、それを合図にどこからともなく例の掲示を抱えたガードマンがキャンパスに登場します。その姿は「不思議の国のアリス」に出てくるトランプの兵隊のよう。これはなかなかの見ものです。

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あんよにちょこんと載せるのが So Cute ♡

2006年06月26日

「6・25 5人の後輩を励ます集い」 報告です。

6・25 5人の後輩を励ます集い(略称「激励集会」)には、塩見孝也氏、共産同の元幹部をはじめ、全国から「革命家」が結集! 会場内は、二十数名の熱気と妥協なき意志が交感しあう高密度な空間と化しました。

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統一OB会の遠坂(右)、中川(左)の司会進行で、●統一OB会代表による主催者挨拶●当該学生の紹介と現状報告●6・15法大1000人集会のビデオ上映●弁護士浅野先生による火の玉のごときアピール●学生会館在りし日のスライド上映●参加者全員からの熱い激励アピールとプログラムは続き、最後に当該学生2名による力強いアピールで、第一次集会は締めくくられました。(その後、2次会、3次会と神楽坂の夜は圧倒的に盛り上がっていくのでした。。。)

当該学生の友部君と久木野君は終始元気いっぱいの姿をみせてくれました。それにしても二人の屈託のない明るさってのは、何にも替え難いパワー。我々OBも逆に励みに感じています。

しかしながら集会のタイトルにもあるとおり、本来この日は5人の後輩達が、我々の目の前に揃っているはずでした。それがたったの二人だけ(一時は一人だけか?一人もいなくなったら洒落にならんぞ!という状況で落胆は相当なものでした)。我々は、早急にあと3名を奪還しなくてはなりません。

<法政大学統一OB会としてのスローガン>
●37名不当逮捕弾劾!
●学生3名を奪還するぞ!
●法学部教授会の処分決定を阻止するぞ!
●文学部教授会は退学処分を撤回せよ!
●ビラ・立て看規制粉砕!
●統一OB会は団結して闘うぞ!

追記:
速報でお伝えしたとおり、法学部教授会の結論はまたしても先送り。教授会内部は、なかば判断能力を失った状態のようにも伺えます。
いずれにせよ、我々は断固として闘いを続行していきます。

2006年06月21日

遅くなりましたが、19日に行った昼情宣の報告です。

●異様な雰囲気の外堀公園で情宣

この日は「今朝、また4人逮捕」という連絡を受け、急遽、メンバーが作成した「学生4名不当逮捕」を報じるビラをもって昼のキャンパスに向かいました。
市ヶ谷キャンパス正門前の光景は「異様」の一言につきました。なんと正門前を制服警官が固めていたのです。
門の内側は警備員、門の外側は制服警官。警備員は「中に入れまい」と構えています。警官は「ここは公道ですので、ビラ配りはできません。ビラを配るには許可が必要です」といいます。
で、結局、この日は全学連の若者たち、救援会の方々、公安刑事、そして野次馬でごった返す外堀公園(この光景もかなり異様)でビラ配りをしました。
この日の部隊の平均年齢は38.8歳。ついに30歳台の大台に乗りましたが、物々しい警備を見せ付けられたせいか、前回来たときよりも大学が遠くに感じられました。

●次回は26日(月)の昼休みにやります

次回の正門前ビラ情宣は法学部教授会の当日、26日(月)に行います。この日の昼休みにはキャンパス中央での学生集会も予定されています。ぜひ、ご参集ください。

2006年06月18日

遅くなりましたがロフトでのイベント報告です

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大変遅くなりましたが、6月11日に行なわれた第五回塩見塾の報告をいたします。
当日は雨が降るという条件の悪い中80名ほどの方に来ていただけました。

統一OB会の中川と被逮捕者の一人である友部君がこのイベントに
出演者として参加いたしました。

開催日翌日に退学処分が決定するかもしれないという中でも、
友部君は当時の状況や現在の状況を元気に語ってくれました。
我々統一OB会も当事者が精神的に追い込まれていないか
心配していましたので、安心しました。
友部君は「僕は卒業したい」とも訴えていました。
至極真っ当な思いであるのもかかわらず現在の状況では、
どうなるかわからない彼の願いに、多くの人が心を打たれていました。

*その後12日の法学部教授会が処分保留にしたのはご承知の通りです。

彼の素朴な思いを達成してもらうためにも、
26日の法学部教授会までの出来る事をしなくてはいけません

2006年06月15日

法学部の武藤教授の「発言」を弾劾する。

今日の法大市ヶ谷キャンパスは、まさに厳戒態勢。正門以外の門は閉ざされ、正門前のキャンパスには「検問所」が設けられ、そこで学生証を提示しないと中には入れないという状態でした。
そんなことをすれば、当然、学生は反発します。
で、案の定、「何で学生証を見せないといけないんだ」といって学生証の掲示を拒否した学生(法学部の大学院生)がいました。
「授業を受けに来たんだ。入れろ」という学生、「学生証を掲示しないものはダメだ」という教職員。そんな押し問答が何分か続き、一時、検問所は騒然としました。
そこに、その学生の名前を呼びながら登場したのが法学部の武藤教授です。
武藤教授がその学生の名前を呼んでいる姿を見て、私たちはホッとしました。「ああ、武藤さんは、『彼は本当に法政の学生だ』ということを証明するために出てきてくれたんだ」と思ったからです。
普通、そう思いますよ。だって、大学当局は「不審者の侵入をチェックする」という理由で検問所を設けているわけですから、その人物のことを知っている当局者が「彼は不審者ではない。法政の学生だ」といえば、わざわざ学生証のチェックなんてしなくてすむわけですから。
ところが、その後の展開は私たちの想像を超える方向に向かいました。
なんと武藤教授は、その学生に向かってこう言ったのです。
「おい、○○(学生の名前)、学生証を掲示しろ。大学が決めたことに従えないなら、大学を辞めろ」
武藤教授はおそらく、こう思っているんでしょう。
「『不審者のチェック』というのはタテマエだ。『学生証の提示』は大学の言うことに従うのか従わないのかの『踏み絵』なんだ」と。
法学部の先生方、武藤さんは個人的にそう思っているだけですよね?
武藤さんは何か勘違いをしているんですよね?
まさかこれが法学部教授会の総意じゃないですよね?

それにしても、武藤さんのような人権感覚の持ち主に、なんで「法学部の教授」がつとまるのか、私たちOBには、今の法大がほんと理解できんわ。

2006年06月12日

6人のOB情宣部隊で正門前を制圧!

すべての学友諸君、および市民のみなさん、本日、12時から1時30分にかけて、統一OB会は法政大学市ヶ谷キャンパス正門前において第2波ビラ情宣を敢行しました。
いやあ、驚きました。ビラのはけること、はけること。情宣の後、集約したところ、学生の手に渡ったビラはなんと200枚!(「主催者発表」じゃないぞ。実数だぞ!)
学生のこの問題に対する関心の高さ、強さを肌で感じてきました。

●6名のOBが決起!

当初、本日の情宣戦は4名で予定されていましたが、「OB会のブログを見て駆けつけた」という学友、「昼休みなんで来てみたよ」という学友の飛び入り決起があり、部隊は6名に膨れあがりました。
この「6名」という数字は外堀公園の木陰からキャンパスを監視している公安の人数を上回る数字です。これは勝利といっていいでしょう。

●学生との距離がさらに縮まる!

また、情宣の後、確認したところ、本日決起した6名のOBの平均年齢は40.7歳。前回の部隊の平均年齢は42.7歳でしたから、2歳、若返ったことになります。
学生とわれわれはこれでまた一歩近づいたといえるでしょう。

●多くの職員がわれわれに共感!

市ヶ谷キャンパスで部隊が情宣を展開する中、遠坂同志、中川同志の2名は学生部近藤課長とともに九段校舎(こんな校舎があるなんて知りませんでした)に赴き、広報・広聴担当(ここが卒業生の窓口なんだそうです)の松井課長との面談を勝ち取りました。
「いくらなんでも退学はひどい。邪魔だから排除するっていうのは教育機関のやるこっちゃない。今回の事件でOBはみんな傷ついている」という両同志の訴えに反論するものは一人としてなく、「ほんとだよね、ひどいよね。君たちの気持ちはよくわかるよ。おれたちだって同じだよ」との声がキャンパスに充満していることを肌で感じてきました。
また、学生部近藤課長からは「昔と違って、今の学生部には副部長っていうポストがあるんだけど、その一人が法学部の教授だから、その先生には私のほうからビラを渡しておきます」との約束を勝ち取りました。

●また、やるぞ!

ともかく、本日はいろいろありましたが、情宣戦はトラブルもなく、和やかに貫徹されました。
集約の会議では「ビラ配りするのは20年ぶりだけど、楽しいね」「こんにちはーって声を出してビラを配るのは健康にいいな」「最新のファッションがよくわかって勉強になるな」などの声が湧き上がり、われわれは「また、やろうぜ」と誓い合いました。
みなさんもぜひ、ご参加ください。

2006年06月05日

統一OB会による正門前情宣を勝ち取る!

本日(6月5日)、午前8時30分から10時にかけて法大市ヶ谷キャンパス正門前にて、統一OB会代表の遠坂同志、中川同志、K同志(法学術OB)の3名による圧倒的な情宣戦が勝ち取られた。
その中で「やあ、遠坂君、中川君。ひさしぶり。あれ、K君じゃないか。君のことも知ってるよ」と挨拶に出てきた学生部職員との激烈(?)な討論も勝ち取った。
討論の中でわれわれは安東学生部長との会見、文学部教授会との会見を申し入れた。そして、「OBのみんなが大学のことをこんなに心配してくれるなんてうれしい。OBのみなさんの意向は学生部長に伝えます」との返事を勝ち取った。
われわれはこの間の状況から「厳しい弾圧」を予想し、それなりの備えもしていたのだが、大きなトラブルはなく情宣戦は平穏に貫徹された。
なお、本日の情宣戦は「3.14法大弾圧救援会」のみなさんとともに行われた。法大救援会のみなさまには、われわれの後輩のために毎日、ビラ情宣をしてくださって頭が下がります。ありがとうございます。

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