2006年6月13日
ゲーテ
法学部卒業
現在、教員
法政大学教職員のみなさんへ
「もはや愛しもせねば、迷いもせぬものは、埋葬してもらうがいい」とゲーテは語っています。学生を愛するかわりに退学にし、大学のありかたを問うための立て看を撤去して、それに反対する学生を追い出し、もう悩みも迷いもなくなってめでたしめでたしということですね。法政大学の敷地には碑だけ残して、あとは葬ってしまいなさい。
○人格育成は大学の責務である
ふだん、教職員諸氏は、学生の人格育成に熱心にかかわっているはずです(少なくともそうありたいと願っているはずです)。学生の内面、良心、思想、といったものを尊重し、かつ学術的な議論を通して、語り合いたいと思っているはずです。平林総長が「個々人が自立した人格として、力強く活躍しうる人材」を要請するとHPで語っていますが、これを文字通り読めば、学生の人格を尊重し育てるのは大学の教育機関としての責務でしょう。立て看を撤去することに反対した学生の行動を否定して退学処分にしようとするのは、彼の人格を育てるという観点からは全く逆のことでしょう。
○郊外移転に反対した学生たちは評価されるべきだ
1970年代から大学は都心を出て郊外に移転をしました。その結果、どうなりましたか?地方都市では市街地の空洞化につながり、大学生は都市との関係を薄め、理工系はいざしらず、社会科学系は教育・研究の場として大きな打撃を受けました。周知の通り、90年代になって規制緩和となり、都心回帰の現象が続いています。70年代から80年代の郊外移転は、現在考えると、少なくともベストの選択肢ではなかったはずですし、普通に考えれば「誤った政策判断」です。にもかかわらず、当時の大学は、学生の思想と行動を怖がって、移転を行ってしまいました。それに反対していた当時の学生諸君は、今、40代、50代の年齢を迎えていると思いますが、彼らに(少なくともかなりの程度)理があったことは、時代が証明しています。
○育てやすい学生を育てたいのか?
私に言わせれば、立て看の撤去も、パターンは同じことなのです。移転と立て看とは話のレベルが異なる、と思う前に次のことについて考えてみてください。学生に制限つきのスペースを与えて、そこで思想と行動を封じ込める。許可のないものは掲示させない。こういうことを続けると、学生は、大学やら教員の手のかからない学生であるふりをして、教員ウケのよい学生ばかりになる(あるいはそういうふりをする)でしょう。しかしそういう学生を量産したいのですか?上に述べた総長の言葉とは違うような気がします。
○教員の社会的責任
どんな教員だって、学生に批判されるのはかないません。名誉欲の強い大学教員や自称エリート大学の教員であればなおさらです。しかしこれまで、大学教員には社会的責任と学生への責任を有するという気概があったのではないですか。そのため、学生からの批判なり学外社会からの批判なりを堂々と受け止めていたのではないのですか?
それにもかかわらず、立て看を撤去して学生の意見表明の場を奪うというのは、自らの責任を放棄し、自分たちが一方的に制定したルールの名のもとに、自分の保身を優先し、自由な言論の空間をなくすことになりませんか?そして学生の隠れた不満は、大学の予想もしないような形で、爆発するかもしれませんよ。
○「綺麗好き」の教員へ
立て看の撤去を支持している教員には、ひょっとしたら「綺麗好き」だと自身を定義づけている人々もいるでしょう。何を美しいと思うかは人それぞれですが、立て看に書いている文字の内容ではなく、デザイン自体が気に入らないのかもしれません。こう考える人たちを「美観重視派」と呼ぶことにします。実は、意外にも「美観重視派」は大学で増殖しています。彼等もまたテレビ世代であり、見た目の効果を重視しているのです。彼等は、トイレの落書きと立て看を同列視しているのでしょう。
○裸の王様の服は綺麗だ
そして彼等は、自分の勤める大学の写真うつりが悪いことに引け目をもっているに違いありません。古くさい建物をつぶして、ピカピカの建物を目立つところにたてて、入試パンフに載せて、受験生に幻影を信じ込ませ、受験生がふえて、偏差値もあがれば、万々歳なのでしょう。確かに、そうすると多くの受験生はだまされます。
裸の王様が自分では綺麗な服をまとっていると錯覚していたとき、最初にそれに疑いをもったのは誰ですか?美観重視派の人たちは、最後の最後の疑いの声を発する喉に手をおしあてて、窒息死させようとしているのですよ。
○学生の心理的苦痛
しかし、実際に入学した学生たちにとって、逃げ場も批判空間もないところで4年間過ごすというのは、たいへん苦痛なことだと思います。出席管理が厳しい時代、教室で90分の授業を退屈しながらもきいて、短い休み時間でほっと一息つくような、サラリーマンのような学生を既に量産しているのです。教員が知っているのは、せいぜいゼミで学生と話しているところまでです。彼等の本音―教員への悪口陰口や本質的批判―は、ネットでしかみられなくなるでしょう。今時の受験生はネットでの情報を重視しているので、受験生はどう思うでしょうか。
法政大学でも授業評価を実施していると思いますが、授業評価の項目ではまかないきれないことのほうが学生には多いのです。こうした実態を無視して「学生の本分」という言葉を持ち出すのなら、「教員の本分」も持ち出して議論してほしいものです。
○大学の真価
ある国のことわざに「家は構えではなく、ピローグで美しい」というものがあります。ピローグは肉などをいれた揚饅頭だそうです(ピロシキとは違うようですが、私にはよく分かりません)。すなわち、家の構えはどうでも、客に対するもてなしぶりでその家の真価が測られるという意味です。食堂をよくしろ、という意味ではありません。少なくとも4年間、一人一人の学生をちゃんともてなしなさい、という意味です。
ともあれ、学生の意見表明のスペースをなくすのは、過去の移転と同じように、20年後、30年後に歴史の断罪を受けることになると、私は予想します。少なくとも、撤去に反対した学生を退学処分にするというのは、法政大学の名に汚点を残すことになるでしょう。
○立て看はともかくとしても
いくら私が語ったところで、立て看自体の設置をどう思うか、学生の権利なのか大学の管理責任?なのか、この点についてはずっと論争は続くでしょう。しかし、いずれの立場にせよ、これに関わった学生を退学にするという最終手段をとってはいけません。
諸氏の中にも労働組合があるはずです。学生の意見表明はだめなのに、組合の意見表明は正統性があるのですか?労使協調であれ対立路線であれ、組合はつぶされないという自信があるのでしょうが、この先、どうなるものやら分かりません。そうすると、諸氏の中でも、教授会などの会議で総長を批判しただけで「ルール違反」とされて、減給、停職、はては退職においこまれないとも限りません(実際にそういう大学が既にあることは承知の通りです)。組合員にせよ非組合員にせよ、自分の保身を考えないわけにはいかないでしょうが、自らの将来の地位の正当な安定のためにも、学生との連帯を模索すべきでしょう。昨年、法政の学生会館がなくなったとき、教員諸氏は、自分の研究室が大学からなくなる日のことを想像しましたか?
○罪刑法定主義の欠如?
北朝鮮の刑法では、金日成を誹謗した落書きをしただけで死刑です。北朝鮮は、一般的には法治国家とみなされていませんが、条文があるだけでも、形式的には罪刑法定主義です。ひるがえって、法政大学における今回の学生への退学処分は、どのような罪と罰の方程式で決まったのですか。前例があったのですか。それとも、他の妥当な論拠があるのですか。会議ではどのような議論があったのですか。アカウンタビリティと透明性の原則に基づいて、こうしたことは全て公開されるべきです。
私の勝手な想像ですが、法政大学には、こういう罪であればこういう罰に相当する、という明文規定はないのではないですか?そして今回のケースのような前例はないのではないですか? すなわち、罪刑法定主義の思想は今回の処分については存在しないのではないですか?
にもかかわらず、新たな基準や前例をつくるのなら、それは在学生にも意見をちゃんと聞くべきでしょう。なんといっても全ての法政大学の学生は、処分の対象になりうるのです。何をしたら退学になり、何をしたらならないか、異議申し立てはできるのか、今回のことを契機に、そういった点を全ての学生に説明しておかねばなりません。そうでなければ、北朝鮮よりもお粗末な非人道的な組織だと噂されるでしょう(国家と大学とは組織原理が違う、と弁解するでしょうが、教職員諸氏もいつか不当な懲戒処分になったとき、どうしますか?どうしてそれは「不当」なのですか?諸氏は、労働法で身分を一定保障されていますが、学生は民事裁判をおこすしかないのです)。
○最後に
「人は自分の石で家を建てねばならぬ」とは北欧の諺です。法政大学には、「自分の石」、すなわち法政なりの気概と建学の精神があったはずです。雑駁にいえば、法政は、知識人には左翼、大衆にはスポーツが売りの大学だったのではないですか(この二つは、ある時は調和し、ある時はせめぎあっていましたが)。それなのに、元気な学生や左翼っぽい学生や左翼学生(自称、他称)を追い出してしまって、法政大学は冷戦が終わったのですね。まさに「歴史の終わり」ですね。
自分の石のかわりに、他人のふんどし―COEや大型科研費や企業からの研究資金―をどんどんとって、他の大学と変わらないような研究の「楽園」をつくってください。生き残り競争に勝ち抜いて、校友会や父母のウケをねらってください。学生は敏感ですよ。何を言えばよく、何がタブーか、彼等は教員よりも心得ています。彼等は教員の期待と指示通りに歩き、話し、成否はともかく就職・進学しようとするでしょう。そして卒業してから思うのです―対立のない静かで美観のキャンパスにいるときにはだまされていたけれども、何が自分に残ったかを自問するのです。