メイン

2008年05月29日

明日、文化連盟主催の抗議行動開催

既にお伝えしてきましたが、本日(5/29)の昼に33名の逮捕劇がありました。
昨日(5/28)は5名が逮捕され、これまでの延べ人数で83名が逮捕された事になります。

統一OB会は驚きと、我が母校である法政大学に対して、強い憤りを感じています。
法政大学はいつから、こんなに自由が無くなってしまったのか。
増田総長への政権交代も意味がなかったのか。

木原学生センター長も、過去は黒ヘルだったと聞いています。
まだ、良心の呵責があるのなら、このような弾圧は即刻辞めていただきたい。

明日(5/30)、12:40頃より現役の学生(文化連盟)による抗議集会が予定されています。
公安刑事やジャージ部隊の弾圧が予想されます。

我々は2年前の29人逮捕の頃より、今回の一連の弾圧は
党派を超えた問題であり、民主主義の危機であるとして、
かつての怨嗟を乗り越え、党派を乗り越えて活動してきました。

このブログを見ている皆さんも、どうか一度、
今の法政大学の実態を生で見ていただきたい。
党派なんて関係ありません。
明日の集会を、お時間が許す方は見に来てください。

統一OB会、そして法大市民監視団も見てきます。

*下記は逮捕時の衝撃映像です。

2008年05月23日

受難の法大生がまた一人

本日、受難の法大生がまた一人誕生してしまったようです。
学生の恩田君が停学処分2週間を文学部教授会から言い渡されました。

恩田君は昨年の11月に矢部史郎氏の講演会
自主法政祭で行なった世論研究会の会長です。
大学批判の冊子を発行した事により、大学に目をつけられ、
昨年の夏には冊子の内容が教授の名誉を貶めるという難癖をつけて、
厳重注意処分を文学部教授会から言い渡されました。
今の法政の非民主的な対応、弾圧を良く表した例の一つでした。

その後も、大学からの嫌がらせは続き、統一OB会でも目撃しましたが、
学生センター(旧学生部)の猪脇和夫はネチネチと罵声を浴びせ、
学費を払っている現役の学生であるにも関わらず、カードキーを
使えないようにして、正当な対価であるサービスさえも奪ってきたのです。

そして、今年の4月に友人との些細な喧嘩を暴行の理由として取り上げ、
喧嘩となった友人とは和解しているにも関わらず、処分に踏み切ったのです。

そんなこと言ったら、応援団が55・58年館の屋上で
鉄拳制裁している場面を良く見かけたのですが・・・。
また、現役の学生が作成した「文化連盟ブログ」に掲載されている
映像を見る限り、暴行を働いているには職員である事は
誰の目にも明らかだと思うのですが・・・。
ダブルスタンダードも甚だしい!!

5/21には処分をさせないために学生が開いた集会を妨害し、
それだけではなく、先に記述したように暴行を働いたのです。
学生の被害は「眼鏡を壊される」「T-シャツがぼろぼろになる」
「首を絞められあざが出来る」「撮影カメラを奪って壊そうとする」
「腹にパンチを浴びせられる」・・・etc
これが本当に大学なのでしょうか?
あまりにもヒドイといわざるを得ません。
ある一般学生は思わず、「まるで天下一武道会だな・・・」と語っていました。
なお、映像リンクはこちらです。

職員の方々も自分達の行動に疑問はないのでしょうか?
疑問があるなら今すぐに弾圧部隊に加わるのをやめていただきたい。
別に拒否したからといって首になるわけでもないでしょうに。
組合があるのだから。

我々、統一OB会は今回の決定に抗議すると共に、
文化連盟を始めとする学生諸君には頑張っていただきたいと考えます。

2007年11月15日

新たな処分は認められない

「学友会廃止絶対反対」のぼりを掲げて、法学部教授会より
呼び出しを受けている学生に話を聞く事が出来ました。

彼は非中核の学生との事で、一学生として、学生に説明もなしに
物事を進めようとする大学に異を唱えたいと、
そして行動しなければ黙認した事と同じだと考えて行動しているとの事でした。

監視カメラの数は週を跨ぐ毎に増えていき、学内でトラメガを使って
抗議する事も出来ない。ビラをまくためにも許可が要る。
今の大学では「おかしい」と思っても処分をちらつかせるため、
何もいえない状況になっています。
その中で彼の行動は勇気のある行動です。

「大学は極左から極右まで等しく受け入れるべきだと思います。」
彼は自信を持ってそう答えていました。力強い言葉でした。

彼の処分は統一OB会として認めることは出来ないと表明します。
法学部教授会は「法学者」として処分を行わないよう強く要求します。

2007年08月21日

新井君・友部君の裁判闘争を支える会よりアッピールが届きました。

 

新井君・友部君の裁判闘争に勝利しよう!

新井君・友部君の裁判闘争を支える会

呼びかけ人
 藤田正人(弁護士)
 河村健夫(弁護士)
 久木野和也(法政大学学生)
 矢部史郎(著述家・法大市民監視団)
 伊藤えりか(3・14法大弾圧救援会)
 斉藤貴男(ジャーナリスト)
 山中幸男(救援連絡センター)

1 事件の経緯

 2006年3月14日、法政大学市ヶ谷キャンパスでは、大学職員による立て看板の撤去に抗議する集会を開いていた学生とキャンパス内でその様子を見 守っていた学生、合計29名が一斉に逮捕されるという事件がありました。
 「立て看板の撤去に抗議しただけで逮捕」「集会を見ていただけで逮捕」という事実も驚きですが、それに輪をかけて問題なのは、その後の法政大学当局の対応です。
 大学当局は、学生が不起訴処分で釈放されたにもかかわらず、「逮捕された」という「事実」をもって退学処分・停学処分とし、学生たちの教育を受ける権利を奪ったのです。
 この不当な処分に対して法政大学では広範な抗議運動が起きていますが、大学当局は「ビラ・立て看板の規制」という形で抗議の声を封じ、また、「正門封鎖」「キャンパス封鎖」「被処分者の構内立ち入り禁止」という形で集会を圧殺するなど、言論弾圧、学生弾圧を続けています。
 また、3月14日の学生不当逮捕事件は社会的にも大きな関心を集め、大学当局及び警察当局には抗議、非難が集中しましたが、大学当局、警察当局が姿勢を変えることはなく、法政大学ではその後も逮捕事件が頻発し、2006年度に逮捕された学生は延べ40名に上りました。
 そして、2007年4月27日、安東祐希学生部長(41歳)、藤村耕治副学生部長(41歳)をはじめとする10数人の教職員が、学生集会の準備をして いた新井君と友部君を警察に引き渡すという事件が起きました。
 新井君と友部君は5月18日、「暴行罪」よって起訴され、7月26日、初公判を行いました。

2 裁判闘争に勝利しよう

 新井君・友部君裁判への傍聴を広く呼びかけます。この裁判は法大闘争であると同時に、司法改革攻撃との闘いでもあります。東京地裁の刑事第18部と第 21部は、2人の裁判の併合を求める要求を「適当でない」などと理由も示さずに却下しました。さらに分離を前提とした進行協議を押しつけ、裁判の迅速化を強引に推し進めてきました。
 これに対し弁護人を先頭に強く抗議し、再度の併合申請を行い、2人の被告は獄中から意見書を提出し、却下決定をひっくり返し、2人の裁判の併合を認めさせました。黙っていれば、被告人の権利、防御権などないに等しい扱いをして恥じない裁判所を、緒戦で押し返した勝利です。
 さらに、検察庁は新設の「公判部機動班」の検事をつけてきました。機動班は、裁判員制度の実施に向けて公判前整理手続きの実践と普及を任務として4月に設立され、この間いろいろな裁判に介入し、新刑事訴訟法による公判前整理手続き・期日間整理手続きの導入のための動き回っている連中です。第1回公判の直前になって機動班の検事は、公判前整理手続の導入を要求してきましたが、これを粉砕して裁判を推し進めています。国家権力の総力をあげた法大学生運動の圧殺、安倍政権の改憲と戦争の政治のもとでの司法の治安弾圧の手段としての純化が音を立てて進行しています。本件裁判を、大学闘争であると同時に、司法改革との闘いとしても全力で勝ち取っていきたいと思います。
 
3 横領される大学

 いま法政大学は、学生の自治活動を排除するために、かつてない手段に出ています。学生を公然と差別・選別し、彼らの教育権を奪い、大学自治の精神と建学の理念を踏みにじっています。構内の学生集会に対して「業務妨害だ」などと叫ぶ職員が、かつていたでしょうか。説明をもとめる市民に対して「ここは大学の私有地だ、出て行け」などと怒鳴りちらす職員が、かつていたでしょうか。活発に声を上げる学生を退学処分にしてほっと胸をなで下ろすような者が、なんら指弾されることなく大学に居座っているのです。
 いま法政大学は、管理権を濫用する者たちに乗っ取られようとしています。「改革」の名の下に、背任と横領がまかり通っている。そして教職員たちは、このとんでもない事態に若干の注釈を加えつつ、容認しているのです。誰もが無力を装って、大学人としての責任を放棄しています。学生の教育権を奪うことに、 いったいどんな正当な理由があるでしょうか。学生の教育権のために闘わない者が、何のために大学で働き、いったいなにを教えようというのか。法政大学に対する社会的信頼は、すべて失われました。社会に対して責任を取ろうとする大学人は、もう法政大学にはいない。彼らはただ利己的な動機から大学に蝟集しているにすぎない。彼らに任せていたのでは、大学は悪くなるばかりだと思います。

4 市民による大学監視活動を

 私たちは、大学監視活動を要求したいと思います。公的機関である大学が、一部の利権集団に横領されようとしているときに、私たちは文句を言いたい。私たちの活動の中心に座るのは大学に通う者ではないし、大学に勤める者でもないだろう。それでも私たちには大学がどうあるべきかを論じる道理がある。大学に 干渉し要求する権利がある。大学に対して、言いたいこと言うべきことがたくさんある。
 退学処分・停学処分の濫用、学生を警察に引き渡したこと、大学施設を私物化する管理権濫用、こうした法政大学のとんでもない大学運営に、おおきな憤りを 覚えます。いま制裁を加えられている学生たちには、一片の非もありません。新井君・友部君に対する逮捕・勾留は、とうてい容認できません。こんなことを 許していたら、しめしがつかない。訴追されるべきは学生たちではなく、職権を濫用し大学をかすめ取ろうとする者たちです。

5 「新井君・友部君の裁判闘争を支える会」結成される

 裁判傍聴のあと、支えるもの、大学に関心を寄せるもの同士が集まって、いろいろなことを話し合い、「新井君・友部君の裁判闘争を支える会」を結成しました。二人の無罪をかちとるためにできることは何か。一日も早く釈放をかちとるために何でもやろう。また、私たちは大学のために何かできることがあるはずです。立場をこえてともに声を上げ、大学運営をただしていきたい。裁判で無罪をかちとるために、多くの方々の参加をお願いします。

2007年8月21日
文責・矢部史郎
(法大市民監視団団長)

☆公判日程
第二回公判 9月14日 午後2時30分開廷
第三回公判 9月28日 午後1時30分開廷

東京地方裁判所(東京メトロ丸ノ内線 霞ヶ関下車 A1出口すぐ)

2007年07月25日

法大市民監視団の矢部史郎氏よりアッピールが届きました。

2007年7月25日
矢部史郎
法大市民監視団団長
 

新井君・友部君の裁判傍聴にお集まりください!

1 事件の経緯
 2006年3月14日、法政大学市ヶ谷キャンパスでは、大学職員による立て看板の撤去に抗議する集会を開いていた学生とキャンパス内でその様子を見守っていた学生、合計29名が一斉に逮捕されるという事件がありました。
 「立て看板の撤去に抗議しただけで逮捕」「集会を見ていただけで逮捕」という事実も驚きですが、それに輪をかけて問題なのは、その後の法政大学当局の対応です。
 大学当局は、学生が不起訴処分で釈放されたにもかかわらず、「逮捕された」という「事実」をもって退学処分・停学処分とし、学生たちの教育を受ける権利を奪ったのです。
 この不当な処分に対して法政大学では広範な抗議運動が起きていますが、大学当局は「ビラ・立て看板の規制」という形で抗議の声を封じ、また、「正門封鎖」「キャンパス封鎖」「被処分者の構内立ち入り禁止」という形で集会を圧殺するなど、言論弾圧、学生弾圧を続けています。
 また、3月14日の学生不当逮捕事件は社会的にも大きな関心を集め、大学当局及び警察当局には抗議、非難が集中しましたが、大学当局、警察当局が姿勢を変えることはなく、法政大学ではその後も逮捕時件が頻発し、2006年度に逮捕された学生は延べ40名に上りました。
 そして、2007年4月27日、安東祐希学生部長(41歳)、藤村耕治副学生部長(41歳)をはじめとする10数人の教職員が、学生集会の準備をしていた新井君と友部君を警察に引き渡すという事件が起きました。
 新井君と友部君は5月18日、「暴行罪」よって起訴され、7月26日、初公判を迎えます。

2 裁判闘争に勝利しよう
 新井君・友部君裁判の初公判への傍聴を広く呼びかけます。この裁判は法大闘争であると同時に、司法改革攻撃との闘いでもあります。東京地裁の刑事第18部と第21部は、2人の裁判の併合を求める要求を「適当でない」などと理由も示さずに却下しました。さらに分離を前提とした進行協議を押しつけ、裁判の迅速化を強引に推し進めてきました。これに対し弁護人を先頭に強く抗議し、再度の併合申請を行い、2人の被告は獄中から意見書を提出し、却下決定をひっくり返し、2人の裁判の併合を認めさせました。黙っていれば、被告人の権利、防御権などないに等しい扱いをして恥じない裁判所を、緒戦で押し返した勝利です。
 さらに、検察庁は新設の「公判部機動班」の検事をつけてきました。機動班は、裁判員制度の実施に向けて公判前整理手続きの実践と普及を任務として4月に設立され、この間いろいろな裁判に介入し、新刑事訴訟法による公判前整理手続き・期日間整理手続きの導入のための動き回っている連中です。
 第1回公判の直前になって機動班の検事は、公判前整理手続の導入を要求してきましたが、これを粉砕して裁判を推し進めています。国家権力の総力をあげた法大学生運動の圧殺、安倍政権の改憲と戦争の政治のもとでの司法の治安弾圧の手段としての純化が音を立てて進行しています。本件裁判を、大学闘争であると同時に、司法改革との闘いとしても全力で勝ち取っていきたいと思います。

3 横領される大学
 いま法政大学は、学生の自治活動を排除するために、かつてない手段に出ています。学生を公然と差別・選別し、彼らの教育権を奪い、大学自治の精神と建学の理念を踏みにじっています。構内の学生集会に対して「業務妨害だ」などと叫ぶ職員が、かつていたでしょうか。説明をもとめる市民に対して「ここは大学の私有地だ、出て行け」などと怒鳴りちらす職員が、かつていたでしょうか。活発に声を上げる学生を退学処分にしてほっと胸をなで下ろすような者が、なんら指弾されることなく大学に居座っているのです。
 いま法政大学は、管理権を濫用する者たちに乗っ取られようとしています。「改革」の名の下に、背任と横領がまかり通っている。そして教職員たちは、このとんでもない事態に若干の注釈を加えつつ、容認しているのです。誰もが無力を装って、大学人としての責任を放棄しています。学生の教育権を奪うことに、いったいどんな正当な理由があるでしょうか。学生の教育権のために闘わない者が、何のために大学で働き、いったいなにを教えようというのか。法政大学に対する社会的信頼は、すべて失われました。社会に対して責任を取ろうとする大学人は、もう法政大学にはいない。彼らはただ利己的な動機から大学に蝟集しているにすぎない。彼らに任せていたのでは、大学は悪くなるばかりだと思います。

4 市民による大学監視活動を
 私たちは、大学監視活動を要求したいと思います。公的機関である大学が、一部の利権集団に横領されようとしているときに、私たちは文句を言いたい。私たちの活動の中心に座るのは大学に通う者ではないし、大学に勤める者でもないだろう。それでも私たちには大学がどうあるべきかを論じる道理がある。大学に干渉し要求する権利がある。大学に対して、言いたいこと言うべきことがたくさんある。
 退学処分・停学処分の濫用、学生を警察に引き渡したこと、大学施設を私物化する管理権濫用、こうした法政大学のとんでもない大学運営に、おおきな憤りを覚えます。いま制裁を加えられている学生たちには、一片の非もありません。新井君・友部君に対する逮捕・勾留は、とうてい容認できません。こんなことを許していたら、しめしがつかない。訴追されるべきは学生たちではなく、職権を濫用し大学をかすめ取ろうとする者たちです。

5 「新井君・友部君の裁判闘争を支える会」をつくろう
 裁判傍聴のあと、新井君・友部君の裁判闘争を支えるもの、大学に関心を寄せるもの同士が集まって、いろいろなことを話し合い、「新井君・友部君の裁判闘争を支える会」を結成したいと思います。二人の無罪をかちとるためにできることは何か。一日も早く釈放をかちとるために何でもやろう。また、私たちは大学のために何かできることがあるはずです。立場をこえてともに声を上げ、大学運営をただしていきたい。裁判で無罪をかちとるために、多くの方々の参加をお願いします。

2007年04月29日

新たな法政弾圧を許すな!

遠坂です。
遅れてごめんなさい。
27日の法政大包囲デモで学籍者のA君が安東学生部長の「首を絞められた」発言ででっち上げ逮捕され、T君も学内に入ろうとしたということで不当逮捕されました。
新たな法政弾圧を許すな!
それにしても法大当局も我々の団結を固めるためにいろいろやってくれますね。
T君、A君がんばれ!OB会もたたかうぞ!

2006年12月15日

ここに人あり! 飯田泰三教授断固支持!

法学部の飯田泰三教授が「法学部ゼミOB連絡会」の結成を呼びかけておられます。統一OB会はこの呼びかけに賛同の意を表するとともに、このような状況の中、果敢に行動に出られた飯田先生に心から敬意を表するものです。(文学部も牧野先生あたりが、こういうのやってくれるといいんだけどね。カントは「汝自身の悟性を用いる勇気をもて」(『啓蒙とは何かという問いに答える』より)と言ってますよ。それにしても、すずきゆーじせんせいは何をやってるんだい。ヘッセは「おろかで無知なためによこしまなことをする人間のほうが、善いことを知っていながらそれをしない人間よりも罪がすくないかもしれない」(『ベルトルト』より)と言ってますよ。

以下、飯田泰三先生のアッピールを紹介します。

法学部ゼミOB諸君に告ぐ

このたび、法政大学校友連合会内の登録団体として、「法政大学法学部ゼミOB連絡会」を結成することを企画しました。
ご承知の方も多いと思いますが、現在法政大学では「改革」と称して、総長選挙廃止や、安易な学生退学処分など、戦後法政大学が作り上げてきた輝かしい伝統を反故にして、法人としての経営の効率性のみを、学問の府としての研究・教育に先行させて強行する動きが、急ピッチで進んでいます。
教職員のそれに反対する動きも強まっていますが、心ある校友の動きを反映させる場も作る必要があると考えます。
校友会費年3000円を納付しているもの30名を集めて登録すれば、代表議員を出して校友連合会で発言権が得られることになっています。
出来れば、同種の団体をいくつか結成して、法政の伝統の「下から」の動きで、子孫に我が法政のより輝かしい伝統を残してゆきたいものです。賛同いただける方は、事務局方を志願している1975年卒業の私の旧ゼミ生、星野勝義君か若島敏夫君に、ご存知の法学部ゼミOB(大学院も含む)のかたがたの連絡先をご通知いただけたら幸いです。それぞれの方に勧誘の案内状を送付したいと思います。

飯田 泰三(法学部教授)

2006年12月14日

12.15 法大緊急集会に参集せよ!

我が法大の自由と進歩の学風を奪還するために、
平林-理事会-安東-反動学生部を串刺し的に打倒せよ!

・文・法学部学友5名への退学・停学処分撤回!
・法学部教授会による学友2名への追加処分策動粉砕!
・11・29デッチあげ逮捕による学友3名即時奪還!起訴策動粉砕!
・総長戦廃止反対!・学生にも投票権を!
・平林-理事会-安東-反動学生部独裁体制爆砕!
・政治弾圧のための学内警備員、就中大久保廣宣放逐!


延べ40名の学友をキャンパスで不当逮捕させた
平林-理事会-安東-反動学生部独裁体制を許すな!

 11・29またも学友3名が逮捕された。これによって3・14以降法大キャンパスで逮捕された学友は実に40名にものぼる。
 そもそも大学には自治があり、警官を学内に導入すること自体が許すべからざる大罪である。しかも今回の11・29の事態で改めて明らかになったように、いずれの逮捕劇も公安当局と理事会が結託してデッチあげた代物なのである。
 11・29の事態は、当局がその正体を一切明らかにしてこなかったことから「ルンゲ」と俗称されてきた大久保廣宣(45歳)なる徒輩が、防災センター近傍で勝手に学生A君に一指も触れることもできない10~15mもの距離があった場所で、しかも勝手にタイミング悪く転んだというだけのことである。しかし、当日100名もの公安警察を統率していたこの大久保某は、学生A君から暴力行為を負わされたと詭弁を弄している。しかも事件当日すぐにキャンパスで学生弾圧に血道をあげていたのである。これが全治1週間の怪我を負わされた徒輩のできることだろうか。暴行容疑がデッチあげであることは、翌30日になっても麹町警察署が容疑に傷害をつけるか検討中などとほざいていたことからも明らかである。
 またA君と共に逮捕されたB君は、入構時刻も特定されず、警備員に警告・制止された事実もなく他のA君、C君と偶然共にいただけで逮捕されたのです。許すまじき不当逮捕!
 大久保某をはじめとする警備員等こそが日常キャンパスで暴力を恣にし、果ては被処分者と共に闘う学生に対して脅迫行為まで行い、現役法大生をキャンパス外へ追い払おうとしてきた奴らだ。奴らは万死に値する。
 それに対して逮捕された3人は法大での学生弾圧、退学・停学処分にに業を煮やし駆け付けた我らが誇るべき全学連の戦士たちではないか。
 問題は、このような公安警察とグルになった大久保某をはじめとする警備員を採用し、警察権力の学内導入に何らの反対もしない平林-理事会-安東-反動学生部独裁体制にある。お前たちは直ちに法大から出て行け。自由と進歩を学風とする法大に必要なのは、乱舞する体制批判のビラ・ステッカー・立て看である! 学生運動も無く、新左翼もいない大学は大学ではない!!

法学部教授会による更なる処分をはじめ、
学生に対する一切の処分策動を粉砕せよ!

 発端は、学内の掲示物を大幅に制限しようとした大学当局の企図であった。それに対峙し、3・14に集会とデモが行われたが、そこで抗議学生を一網打尽にして、追放してしまおうというのが当局の意図であった。しかしその目論見は見事に破産した。3・14当日逮捕された29名だけでなく、それ以降も逮捕者は出るが、全員不起訴であった。
 それにも拘わらず、文学部教授会は3名の学友に退学処分を不当にも下してきた。法学部教授会は不起訴処分になった学生に対して、学生や法律と理事会の板挟みの中で、処分保留の学生に無駄な数ヶ月を強制した上で停学処分を下してきた。
 加えて、ある学生は6月に検問所の設置に対して抗議の意思を表明したことによって、学内での賃労働業務一切から、何らの理由も開示されることなく排除されている。
 こうした不当な決定は処分撤回あるのみだ!

思想・信条による学生の差別・選別許すな!
 今回の一連の処分で明らかになったことは、思想・信条によって学生を差別し、排除しようということが大学の魂胆だということである。この間各警備員の発言によって明らかになったことは、「被処分者」を排除するために門扉近辺に控えているのではなく、「特定党派」に所属しているかどうかを排除の基準としているということである。まさに憲法違反の何ものでもない。
 一方で、モノ言わぬ学生のみを受け入れ、資本の論理を叩き込み、企業体のみならず、国家権力に対しても唯々諾々と従う、労働力商品として社会に送り出すことを目論見、他方で教職員を剰余価値搾取の対象としてしか見ず、一切の要求・意向を圧殺しようとしているのが平林一味なのである。

総長選挙廃止反対! 学生にも投票権を!
 法大を平林独裁で制圧するための儀式が総長選の廃止である。学生に投票権がないことも問題であるが、その上で、教職員からも投票権を奪おうということを12・13の評議員会で平林一味は提案しようとしていた。しかし前回総長戦において投票者数で負け、選挙規定によって辛くも総長の座に就いたのが平林である。平林・理事会による選挙実施規定改悪への反対は7割に達している。13日の議事は紛糾し、ついに平林一味は規定改悪を行うことが出来なかった。死に体平林一味を総長・理事会から引きずりおろせ!
 しかし現在の法大には根本的問題が残っている。大学公認の自治会が存在していないことである。これは90年代半ばから、残っていたⅠ社、Ⅰ法、Ⅰ文、営、Ⅱ教自治会が各学部教授会によって勝手に非公認化されてしまった結果である。辛うじて自主法政祭は、学友会行事として残存しているが、年々実施規模の縮小がゴリ押しされている。サークル本部団体は、サークル員の代表団体でしかない。全法大生の意志を当局に突きつける回路が現在欠如している。
 もはや法大生には失うものはない、平林圧殺体制下にあるこの法大を自主と自治の空間とし、全学的自治会を再建し、総長選の投票権を獲得しようではないか!
 良識ある法大教職員は学生と連帯し、全学ストライキを貫徹し、平林一味を放逐しよう! 全法大を自由と進歩の砦と化せ!

(文責:学内潜伏統一OB会スパイ分子)

2006年12月12日

経済学部OB、中田賀統氏のアピールを紹介します。

確信をもって、誇りをもって

2006年12月12日
中田 賀統
66年経済学部入学、元第1経済学部自治会委員長

戦争の時代に獄中にぶち込まれることは、人間としての誇りです。
戦中、朝鮮の警察署も日本の警察署も、闘う人々であふれていました。
まさに、かの歌「戦争は命かけてはばむべし・・・獄中にみちるとも」です。
皆、応援しています。
確信をもって、誇りをもって、闘いましょう。

2006年12月06日

受難の法大生・友部博文君のアピールを紹介します。

大学を挙げてのいじめを粉砕しよう

2006年12月6日
トンベひろフミ(法政大学学生・停学処分者)

今、学校でのいじめが問題になっていて、教師によるいじめもあったということでだいぶ問題になっていますけれど、法政大学でも平林総長はじめ教職員による学校を上げたいじめが起きています。(もっと大きな問題が後ろに控えているようにも見えますけど。)

●僕がどんな悪いことをしたのか……
僕は3月14日、写真とってたら逮捕されました。大学からは一言の謝罪も無く冤罪ではないと開き直られています。「学生生活の疑問や悩みを聞きに学生部に来て下さい」なんて広報誌を出しておきながら、疑問を聞きに言ったら業務妨害だと言われ、停学にされました。「いじめ(処分)の理由が分からない、でも反省したいです。僕がどんな悪いことをしたのか教えてください。」と分からないから聞いているのに「大学としてはもう十分説明したつもりです」とだけ言われて教えてくれません。お前もう学校来るなと、自宅謹慎を命令されました。その後、自宅謹慎だけど講義に出てもいいといわれました。意味が分からないけど、大学に通いました。講義にも出ました。そしたら自宅謹慎に従わなかった事を処分の理由にしてきました。
理由も無いのにいやがらせをする、言ってることをコロコロ変えてそれに従わなかったとしていじめる。なんか小学生みたいですね。

自由人権協会もいじめに加担
いじめられている、と法学部の教授に助けを求めても、まあ良くて無視です。その他は学生部の連中といっしょになって弾圧してくる始末。自由人権協会の代表理事さんに助けを求めようと教授室を訪ねて、インターホンを鳴らして名乗ったら、いきなり警備員を呼ばれるなんてこともあったなあ。
学内には悩みを相談できるカウンセラー室もあるので、そこにも行きました。カウンセラーの文学部の教授はちゃんと話を聞いてくれて、優しい言葉もかけてくれました。だったら3人を退学にするなよ。でも、人が死にたいって悩みを話しているにもかかわらず、6月15日の集会でその人は、集会破壊に動員されて弾圧する側に加担していたり、とまあカウンセラーですら味方じゃないです。
法政の民主主義を語る広場というホームページにも書き込みました。民主主義云々言ってるくらいだから、期待していたのですが、中核派だから追い出して当然、といった書き込みがされたり、6月15日の集会破壊を批判する書き込みが削除されたりと散々なものでした。
また、僕は今強制的に留年させられた分、来年の学費を必死になって稼いでいる。今年の学費も無駄に取られた。その余計に払わせれている学費が何に使われているかというと僕を追い出す為に雇われたガードマンの給料に消えていっているという正に踏んだり蹴ったりの状態です。

●教授の顔を見るのも辛い
この問題をいじめ問題と見るのは、ちょっと違うなあと我ながら思いますが、まあ大体こんな感じです。そんなこんなで、このまま1月に復学しても学生部の連中や、法学部教授の顔を見るのも辛い状態なのでちゃんと通えるかどうか分かりません。前期も最後の方は、落し物さえ学生部に取りに行けず、人に取ってきてもらっている状態でした。だから新たな処分は絶対に不当なのだけれども、また処分されればしばらく大学に通わなくても良い訳で、それはそれで当面しのげてかまわないかもしれないなあという気持ちも正直言ってあります。

●泣き寝入りは絶対嫌だ!
よく、弾圧されても明るく楽しそうに、生き生きと運動してるね。と言われますが、(好意的な人は不屈にがんばっていますねという意味で、悪意を持った人は学生運動やるネタができてうれしいんだろという意味で。)すいません、実は全然楽しくないです。毎日つらくて死にたいと思ってます。思考回路がネガティブな方向にしか行かず、運動に限らずサークルや日常生活でも楽しいことを考えることができなくて悩んでいるんです。しかしこのまま引き下がったのでは泣き寝入りで終わってしまうわけで、こんな酷い目に遭わされて泣き寝入りは絶対嫌なので苦しいけどがんばっているわけです。
でもまあ、そんな中でうれしかったり、元気付けられたりする時は支援してくれる人や、弾圧に対して怒ってくれたり心配してくれたりする人と出会うとき、全国で闘っている人たちと交流するときです。

●最終的には僕らが勝つ!
と、いうわけで、12月15日、新たな処分に反対する緊急集会を開催します。僕と久木野さんは、自分達への処分はおかしいと思い、それを訴えるために学内に入っただけです。当局ですら業務妨害云々は言ってません。学内に入った=反省していないという滅茶苦茶な理由で僕らは処分されようとしています。絶対に阻止しましょう。
まあ、何だかんだ言っても最終的に僕らが勝つことは分かってますが、しかしそれが何時になるのか。今年度中なのか、1年後なのか、5年、10年とかかるのか。できれば早い方がいいので、多くの学生が、OBが、社会全体が法大当局に対して注目し、意思表示をすることが新たな処分を阻止し、5人の復学への大きな力になりますので、どうかよろしくお願いします。

●僕が逮捕されるべきなのに……
また、最後に先日の3人のでっち上げ逮捕について。
法大当局が転び公妨の様なでっち上げ弾圧を平気でしてくる、一線を越えちゃった奴等だということは3月の時点で分かっていた事ですが、一番がんばらなければならない当事者本人がへこたれているのに、代わりにがんばっていただいて、その上、逮捕までされてしまって。本来なら僕ががんばって学内で活動して逮捕されるべきなのに申し訳ない。3人を奪還するためにも僕ももう少ししっかりして、皆さんにお願いするだけでなく、運動がんばっいきます。

2006年10月17日

不屈の法大生・久木野和也君のアピールを紹介します。

10・20法大集会に向けて
法政OBに向けてのアピール

2006年10月17日
久木野和也(法政大学学生・停学処分者)

このブログを見ているすべての法政OBのみなさん! 10月20日法政キャンパスにぜひ集まって下さい!

●法大をやつらには渡さない!
わが法政大学は、日本一極悪な大学になってしまいました。学館を解体するばかりか、立て看板もダメ、ビラもダメ。抗議しただけで、逮捕、退学…。今や「ガードマン大学」「就職予備校」「学費ボッタクリ大学」へと突き進んでいます。このまま行けば、ほんの一握りの大学理事の利権や私利私欲のために、法政はメチャメチャにされてしまいます。私たちは、この法政大学を奴らには渡すまじという気持ちで、毎日キャンパスにかじりついて闘っています。

●悪法は法ではない!
とりわけ私には、「停学1年」という処分が加えられています。同時に、停学中は入構が禁止され、キャンパスに入ったらより重い処分(つまり退学処分)が加えられるという状態にあります。要するに、大学当局は「不当でも、とりあえずキャンパスに来ないことでこの処分を認めろ」というものです。この停学処分は、私に屈服を迫るものであり、断じて認めるわけにはいきません。羽仁五郎風に言えば、「悪法は法ではない」ということでしょうか。これを私は、言葉ではなく行動で示したいと思い、キャンパスに連日登場しています。キャンパスに登場すれば、正義はどちらにあるのかはっきりします。結局、当局の言っている処分が正しいという人間は、ガードマンか学生部職員くらいなものです。圧倒的な法大生は、まだまだ私の行動を支持してくれています。

●ここで引いたら未来はない!
確かに、OBの方から「運動の面から言えば、学籍者を維持した方がいいのでは?」「退学処分をされに行くようなもの」「当局の思うつぼ」というご指摘を受けました。しかし、法政大学当局は、悠長に考えていません。総長選問題、学祭問題、学友会の再編の問題…etc、新施設がオープンするこの一年で全部決着をつけようとしています。私が、このキャンパスから一歩引けば、きっと誰かがまた処分されるでしょう。この06年決戦に勝たなくては、法大の未来はないということなのです。
開講日以来、1ヶ月ちかく経ちましたが、法学部教授会は、まだ私に対する処分を決定していません。結構すぐ処分されると思いましたが、まだ事情聴取すらされていません。意外と結構イケるもんですね。この力関係を、10・20で大逆転させていきたいと思っています。

●法大は東大よりも「狭き門」
現在の法政キャンパスは戦時下の大学さながらです。大学には、被処分者を叩き出すためだけにガードマンが大量に配置され、学内治安維持のための公安警察のような人間まで徘徊しています。大学周辺には、公安警察の車両が配置され、大学と連絡をとりあって、弾圧体制をとっています。最近、さらに大学当局は、クラス討論をさせないために、全教室にビラ・演説は「違法」という掲示を出しました。また、被処分者や支援者が学内に入らないように、出入り口を一部封鎖し、正門も徐々に狭くなっています。法政は、東大よりも「狭き門」になってしまいました。

●ともに闘いましょう!
しかし、学館がなくても、タテカンが出せなくても、今の法大生は元気です。ガードマンや土手の公安警察どもを笑い飛ばしながら、元気に登校しています。法政OBのみなさん! ぜひ、母校の伝統を守るために、10・20をともに闘いましょう!

2006年07月05日

筑波大学OB、小林寛氏のアピールを紹介します。

2006年7月5日
小林寛
1979年度筑波大学全学代表者会議議長
 

筑波大の学友諸君、母校の名誉にかけて
法大生を支援しよう!

●26年前、筑波でも「3.14」があった

 3月14日、学内で学生が不当逮捕されるという事件がありました。今年2006年の話しではなく、26年前の1980年の3月14日のことです。その時から僕らはこの不当逮捕事件を「3.14反革命」と呼んでいました。当時逮捕された学生は1名でしたが、しかし不当にも起訴され、その後当然ながら裁判闘争もたたかわれました。
 ビラもまけない、立て看も出せない、そして学内で学生が逮捕されるような大学というのは、かつてはこの1980年当時の筑波大学の話しでした。逮捕事件があった数日後に開かれた大学の卒業式では卒業生の多くが大学当局のやり方に抗議して式を退場する(しかも学長式辞の時に)ということも起こりました。そして同じ年の秋には、筑波大では初めて機動隊が導入され大学祭が中止になりました。
 それでも当時の学生だった僕らは「10年遅れの全共闘」とか言われながらもがんばり抜き、学生弾圧の様相も「当時としては並」といわれるほどの大学にしていったものです。数百名が決起した大学本部棟への突入・座り込み闘争は当時の夕刊の1面にまで載ったたたかいでしたが、こうしたたたかいはもとより、クラス決議やストライキ投票、学内での全国学生集会など、実にさまざまな闘いをくり広げました。そうして力関係を変えていったと思っています。

●安東よ、法大生に迷惑をかけるな!

 さて、ここからが本題です。当時の筑波大の学生諸氏に訴えたいのです。今、この2006年になって法政大で学生弾圧をはたらく責任者になっているのが安東祐希という学生部長で、こいつが何と筑波大大学院(数学科)出身だということです。
 当時の学生諸氏なら気付くと思いますが、数学科の学生弾圧担当(ガクタン)といえばM教授です。いつも体操着で(時に竹刀まで持って)学生の前に姿をあらわしては「××君、無許可のビラはやめなさい」とか何とか言っていた、あのM!と同じ数学科ということです。大学院ではあれ筑波大出のヤカラが、今の法政大でこんな弾圧を繰り返していることを絶対に許してはならないと思っています。
 残念ながら少し前から健康を害しているのに加えて僕自身はカネも財産もないので、時々がんばっている法政大の学生さんたちの姿をキャンパスに見に行っていることぐらいしかできていないのですが、1980年を前後して筑波大に在籍していた当時の学生諸氏に心から訴えたい。カンパできる人はぜひカンパをしてあげて欲しい。カンパができない人も、退学処分撤回を訴える署名などにはぜひ応じて欲しい。そうして、この筑波大出身の安東を絶対に打倒してやろうということです。ぜひ!

2006年06月29日

社会学部OB、吉田一郎氏のアピールを紹介します。

2006年6月29日
吉田一郎
1982年、社会学部入学

伝統ある『法政大学新聞』が廃刊になった・・・
なんてことにならないよう願っています

いやはや、法政はトンでもない大学になってしまいましたね。
私が在学していた頃、市ヶ谷キャンパスは様々な団体やサークル、有志が出した新聞、雑誌、機関紙、ビラ、チラシであふれていました。
私も『法政大学新聞』の編集をしながら、学団連のサークルで雑誌を作ったり、自治会(中核派じゃないよ系)の機関紙の編集を手伝ったり、はたまた同じ学部生5~6人であやしい有志グループを作って置きビラをしたりと、7年間にわたってせっせと言論活動(?)にいそしんでいました。
大学側もストライキや試験粉砕のような学生の実力行動には、ロックアウトをしたり、機動隊の配備を要請していましたが、言論・表現活動については干渉しませんでした。そういった法政の自由な雰囲気は最近まで続いていたと思います。

ところが、今やどうでしょう。
立て看やビラへの規制を一方的に発表する。
学生が抗議をすれば、学内に警官を導入して逮捕させる。
警察で不起訴になって釈放されても、学則にない自宅謹慎を強要する。
そんなの無視して学校に来れば、退学処分にしてしまう。
処分に抗議しようと学校に来れば、再び警官を導入して逮捕させる。
まさになりふり構わず、手段を選ばずといった状態です。

学生が自主管理していた学生会館は取り壊され、代わって大学が管理する新しい施設を建てていますが、かつてのような部室はなくなり、サークルは会議室を借りて使うことになるそうですね。大学に批判的な出版物やビラを出したサークルは、部屋を貸してもらえず、追い出されてしまうのでしょうか?
かつての法政なら、「いくら何でもそこまでしまい」と思うのですが、現在の様子を見ていると、果たしてどうでしょうね?
創刊から約80年、戦時中もぎりぎりまで発行を続けた『法政大学新聞』が、学生部に睨まれる記事を載せたら新施設から追い出されて廃刊になった・・・なんてことにならないよう願っています。

改めて、文学部生3人への処分撤回と、法学部生2人への不処分を求めます。

2006年06月22日

社会学部OB、Y.S氏のアピールを紹介します

2006年6月22日
Y.S
多摩サークル連合元副委員長
2000年、社会学部入学

法政に自由を取り戻そう

私は00年入学で05年に卒業したOBです。
現役時代は03年度から04年度に多摩サークル連合の執行委員を務めました。
また、市ヶ谷のサークルにも入っていまして、
今回の逮捕者の一人(後輩)とはそこで知り合いました。
私の後輩が逮捕され、不起訴なのにもかかわらず退学処分にされそうになっている。
そのような事体に驚くと共に、大学への怒りがわいてきます。

○ビラ巻き・デモ・学内に入るだけで逮捕ってなんだ?

被逮捕者は今回の一連の逮捕劇において、単にビラを巻く・デモをしただけでしょう。
それのどこに逮捕しなきゃいけない理由があるのか。理解に苦しみます。
そもそも、思想信条や表現の自由と言うのは,
幅広く認められなければならないと考えています。
私は逮捕者の方々の一部とは思想的に異なる考えを持っている人間ですが、
それでも彼らの考えは尊重するし、彼らがそれを発表するのを止めることはしません。
それが、民主主義だと考えています。
今回はそれを侵すばかりか、罪をでっち上げて逮捕に至る。信じられない事です。

○大学に警察を簡単に入れていいのか?

そして、大学はいつから警察と一体化して行動するようになったのか。
大学内には基本的には警察を入れないで、自らの力で学内を統治するのが
大学のあり方ではなかったかなあと考えるのですが、いかがでしょうか。
法政大学は自治を放棄してしまったと考えます。
私服警察官が学内をうろつく状況は、
学内の研究者にとってもいやーな事だと思うのですがどうでしょうか。
特に法政は労組関係や市民運動関係の研究に明るい方が多いと思いますが、
あなたの研究も見張られているかもしれませんよ。いいのですかね?

○表現の自由が脅かされている

6月12日発売のAERAや5月22日に発行された東京新聞に、
渋谷でサウンドデモを行なった人間が警察に狙い撃ちされ、
逮捕されたというニュースが掲載されています。
(詳細はhttp://mayday2006.jugem.jp/にあります)
彼らのデモは東京都公安委員会へ申請したデモであり、
平和的なデモで前年に同一の活動をしても何も言われなかったデモでした。
それが今年は急に弾圧され逮捕される事態になった。
今回の法政の逮捕劇はそのような警察の市民運動への弾圧の一つであり、
本来ならば大学はその流れと一線を画して、
警察に通報して学生を売り渡したり、立て看板規制やビラ規制をおこなうのではなく、
学生の表現活動を保護すべき存在だと考えるのですがいかがでしょうか。
それとも明治大学のように、将来は学生団体の学内での活動を監視し、
サークルが出した冊子の内容を検閲して学内活動を取り消すような
大学にしていこうとお考えなのでしょうか。

○学生との対話がない大学

市ヶ谷の学内状況はここ数年で大きく変わりました。
多くの規制が一方的に告知され、それに対して抗議の声をあげても、
その意見に全く耳を貸さないようになってしまったと聞きます。
今回の事件の直接的な原因となった立て看・ビラ規制も、
大学側の一方的な告知だと聞きます。
大学は学生をどのような存在だと考えているのでしょうか。
構成主体の一人だと考えているのであれば、もっと真摯に話を聞くべきだし、
「お客さん」としてしか考えていないにしても、お客さんの要望を聞いて、
最大限尊重していくのは当然の行動だと思うのです。
また、学生が卒業し子供を産み育てその子が大学にいく世代になった時、
学生の声を聞かないような大学に子供をいかせるだろうか。
卒業生は大学の最も重要な顧客の一人だと考えるがいかがだろうか。

○多摩の方々へ

多摩の方々は他のキャンパスの事だと考えているかもしれません。
しかし、既に理事会によって多摩と市ヶ谷の統合は進んでいます。
多摩の学生生活課は来年から市ヶ谷の学生部の下になります。
他の部局も市ヶ谷が本局という扱いになっていきます。
いままで良くも悪くも多摩と市ヶ谷はある程度独立した
存在であったのが、今後は市ヶ谷の中央集権体制となります。
今の市ヶ谷の状況を見てわかるように、強権的な手法が
多摩に直接的に降りかかって来るかもしれません。
市ヶ谷の問題だと思い、関心を持たないでいるといつのまにか・・・。
そのような状況にならないよう、共に声を上げていくべきではないでしょうか。

○在学生へ

もし、今回の事態が自分達に関係のないことであると考える人がいるのであれば
それは誤りであると指摘したい。
今回の処分が通るようであるならば、それは大学にとって都合の悪いものは
いつでも処分できる体制を作り上げる事となる。
大学に対して不平不満があり、それをぶつけた時に同じように
されるかもしれない危険性を孕んでいる。
想像力を持って今回の事態に関して考えていただきたい。

そういえば先日、正門前でこの問題のビラを巻こうとした私に
ある学生部職員はこう言いました。
「もう、学生部にこないでね。」
この問題に関わるだけでも許さないという姿勢が見えました。
別にOBなので学生部にいく必要ももうないのですが、
ある程度話が出来た学生部の職員の方に言われたのはショックでした。
本人の意思で出てきたのか安東学生部長を始めとする上からの
指示なのかはわかりませんが、今の法政の言論の自由のなさ、
法政のおかしさが表れた言葉でした。

今からでも間に合います。法学部生への処分を行なわず、
文学部生への処分を撤回すべきです。
学生・教職員の方々も是非今回の問題へ興味を持ち、抗議の声をあげてください。
よろしくお願いします。

2006年06月21日

どうなっているんですか、この「大学」

2006年6月21日
88.89年法学部学術団体本部代表
90年「全学」バリケードストライキ首謀者
91年学生会館学生連盟理事
K.M

 立て看板を出しただけで退学処分になるかもしれない、驚愕した。学生にとって退学処分はある意味「死刑」と同じである。青年期の多感な時期、本を読み、仲間と語らい、社会的矛盾に気がつき、それをどのように解決するか悩み、行動する、そのような機会を奪われるからだ。このような機会を奪われることは、その後の人生に於いても多大な影響を及ぼすであろう。では、彼らがそのような処分を受けるような行為をしたのであろうか。たかだか立て看板を出しただけである。明らかに行為と処分、罪と罰の均衡を失すると言って良いだろう。電柱に広告を貼り付けてはいけないから、貼り付けたらその量刑は死刑、というのと同じである。
 しかしはたしてそれだけであろうか。「学生集会規定」、「学生掲示規定」なるものがあるが、この「規定」が実質的具体的に運用されたことがあるのだろうか。私が大学にいた時代、立て看板出すのは勝手、ビラを蒔くのも勝手、ステッカーを貼るのも勝手、集会を開催するのも勝手、集会後学生部にデモをするのも勝手であり、この「規定」が運用されたなど聞いたことがない。また、近々の先輩方に聞いても、数十年前に卒業された先輩方に聞いてもない。更に卒業した後、後輩諸君に聞いてもないのである。要はこの「規則」は運用実績のまるでない「死文」なのである。
 本来このような「死文」を根拠に処分を科すこと自体が全く合理性を欠いており、「行為と処分、罪と罰の均衡を失する」と書いたが、それ以前の問題として、処分の必要不可欠性によって根拠付けられる場合でないにもかかわらず、処分に値しない行為を処罰しているのである。行為がないのに処分がある、罪がないのに罰がある、近代以前の発想性である。
 大学はそのHPの「法政大学市ケ谷キャンパスにおける一部学生の抗議活動について―法政大学の基本姿勢―」なる文章で次のように語っている、「本学は憲法の定める思想信条の自由や表現の自由の重要性を十分に認識のうえ大学運営を行っております。」と。本来、国家と個人の間にしか適用されない憲法規定の部分を、私人間(この場合は大学と学生)にも適用するのだ、という姿勢があると私は判断した。それであるならば、「死文」をもって処分に値しない行為を処罰した文学部教授会は、本処分を即時白紙撤回すべきである。自ら発した「基本姿勢」なる言動については、自ら責任を持つべきなのである。また、法学部教授会に於いては本来処分に当たらない行為であるのだから、当然のごとく処分すべきではない。
 よく悩んで、行動してほしい。「悪は凡庸である」から。

2006年06月20日

当ブログ管理人S氏のつぶやきを紹介します。

「逮捕だ!」なんて、誰も思いつかないよ

法政大学統一OB会の同志としての生活も、はや3週間経過しようとしています。ここらで雑感とアピールを。

いきなり私事で恐縮ですが、自分の職業はWebサイト制作のディレクターです。
具体的にどんなことをするかと言えば、企業などのホームページを作ったりするわけですが、制作ディレクターの役割としては、制作全般の進行及び管理ですか。さらにサイトの規模や人手によっては、プランニング、アートディレクション、エディットなどにも首を突っ込むわけです。ここは職業紹介の場ではないので詳細は省きますが、けっこういろんな知識とスキルが必要とされます。

ところが、世の中というのは不思議なもので、上記のようなスキルが一切なくてもWebディレクターはつとまってしまうことが多々あるんですね。この場合に必要な最低のディレクター・スキルとは、客先(発注元)の要望を全くそのままデザイナーやコーダーなどの制作担当者に伝える言語能力です。いや、客先からの指示がEメールでくれば、それを転送するだけでいいのだから、まあメーラー使えればそれでOKか。

で、このような状況で大変な被害を被るのは、ご想像の通り、制作現場の人間です。客先がいくら無理なことを言ってきても、その手のディレクターには判断力が備わっていませんから、そのまま笑顔で安請け合いしてしまいます。しかも殺人的なスケジュールで。
そして、このようなディレクターにかかっても、サイトはしっかりできあがってしまうところがまたイタいわけです(仕事だから当たり前なんですがね)。当然仕上がったサイトはとても悲惨な場合が多いわけで、最終的に被害を被るのはユーザーです。

このようなディレクターは、実はすごく多い。そして、大きな会社に行くほどうじゃうじゃと繁殖しています。大きな会社組織って不思議なもので、こういう人達を必要としているところがあって、組織の存続にも微妙な役割を負っている。

さて、このようなディレクター的職能(?)が、様々な職種・役職にも侵食していることには、もうお気づきの方も多いのでは? 企業しかり、国家しかり、大学しかり。

学生の皆さんのなかには、もしかして、今の社会が整然と半ば完成されたものとして成り立っているように見えている方々もいるかもしれません。しかしそんなことは全然なくて、現代社会は、この手の無責任なディレクター達が好き放題やっているかなりの滅茶苦茶し放題から出来上がっているわけです。

じゃないと、たて看板出しただけで「逮捕だ!」なんて、誰も思いつかないよ。

2006年06月16日

法学部OB、長田哲也氏のアピールを紹介します。

2006年6月16日
長田哲也
I法自元執行委員・労問研元代表
1991年、法学部入学

法政は首都圏学生運動の不抜の拠点であり続ける

 3・14以降、底流としてはもっと前から起こっていたことが、6・15で一気に噴出したような感じだ。
 腕章を付けていれば学生をいくらでも従わせることが出来ると思っている教職員。そして、教員の命令に従順に従う学生。誰一人として反抗しようとしない。反抗するものがいたとしても僅かである。トップダウンで全てが決まって行く。学生はそもそも批判的精神を喪失したか、為す術を知らぬまま事態は進行してゆく。そもそも教職員の給与は学費から捻出されているにも関わらずだ。
 必要なものが改めて明確になった。当局の行動一切を監視、点検し、批判も出来る当局が相手をせざるを得ない組織だ。90年代前半までそれは存在していた。そう、学生自治会だ。教授会の勝手な理屈で非公認化された学生自治会を全学的なものとして復活させることが急務だ。批判精神を涵養するためにも、当局に対する要求を通すための水路を作り上げるためにも。
 法政の運動は激務だ。数々の良き活動家が消えていったのを見ている。正負両面のあらゆる記憶を現役の学生諸君に伝えなければならない。疲弊した戦士の良き聞き役となり、サポートする役目をOBの義務としなければならないと今は思っている。
 しかしその前に、我々の前には乗り越えねばならないことがある。まず奪われた4名の学友の奪還だ。そして文、法学部両教授会によって加えられた不当な処分の撤回。その上で、立て看とビラに対する一切の禁止令の撤回だ。
 覚えておくがいい、学生弾圧に加担した教職員ども。このまま安穏としていられると思ったら大間違いだ。法政は、首都圏学生運動の不抜の拠点であり続ける。

2006年06月13日

法学部の卒業生(現在、教員)のアピールを紹介します。

2006年6月13日
ゲーテ
法学部卒業
現在、教員

法政大学教職員のみなさんへ

 「もはや愛しもせねば、迷いもせぬものは、埋葬してもらうがいい」とゲーテは語っています。学生を愛するかわりに退学にし、大学のありかたを問うための立て看を撤去して、それに反対する学生を追い出し、もう悩みも迷いもなくなってめでたしめでたしということですね。法政大学の敷地には碑だけ残して、あとは葬ってしまいなさい。

○人格育成は大学の責務である

 ふだん、教職員諸氏は、学生の人格育成に熱心にかかわっているはずです(少なくともそうありたいと願っているはずです)。学生の内面、良心、思想、といったものを尊重し、かつ学術的な議論を通して、語り合いたいと思っているはずです。平林総長が「個々人が自立した人格として、力強く活躍しうる人材」を要請するとHPで語っていますが、これを文字通り読めば、学生の人格を尊重し育てるのは大学の教育機関としての責務でしょう。立て看を撤去することに反対した学生の行動を否定して退学処分にしようとするのは、彼の人格を育てるという観点からは全く逆のことでしょう。

○郊外移転に反対した学生たちは評価されるべきだ

 1970年代から大学は都心を出て郊外に移転をしました。その結果、どうなりましたか?地方都市では市街地の空洞化につながり、大学生は都市との関係を薄め、理工系はいざしらず、社会科学系は教育・研究の場として大きな打撃を受けました。周知の通り、90年代になって規制緩和となり、都心回帰の現象が続いています。70年代から80年代の郊外移転は、現在考えると、少なくともベストの選択肢ではなかったはずですし、普通に考えれば「誤った政策判断」です。にもかかわらず、当時の大学は、学生の思想と行動を怖がって、移転を行ってしまいました。それに反対していた当時の学生諸君は、今、40代、50代の年齢を迎えていると思いますが、彼らに(少なくともかなりの程度)理があったことは、時代が証明しています。

育てやすい学生を育てたいのか?

 私に言わせれば、立て看の撤去も、パターンは同じことなのです。移転と立て看とは話のレベルが異なる、と思う前に次のことについて考えてみてください。学生に制限つきのスペースを与えて、そこで思想と行動を封じ込める。許可のないものは掲示させない。こういうことを続けると、学生は、大学やら教員の手のかからない学生であるふりをして、教員ウケのよい学生ばかりになる(あるいはそういうふりをする)でしょう。しかしそういう学生を量産したいのですか?上に述べた総長の言葉とは違うような気がします。

○教員の社会的責任

 どんな教員だって、学生に批判されるのはかないません。名誉欲の強い大学教員や自称エリート大学の教員であればなおさらです。しかしこれまで、大学教員には社会的責任と学生への責任を有するという気概があったのではないですか。そのため、学生からの批判なり学外社会からの批判なりを堂々と受け止めていたのではないのですか?
 それにもかかわらず、立て看を撤去して学生の意見表明の場を奪うというのは、自らの責任を放棄し、自分たちが一方的に制定したルールの名のもとに、自分の保身を優先し、自由な言論の空間をなくすことになりませんか?そして学生の隠れた不満は、大学の予想もしないような形で、爆発するかもしれませんよ。

○「綺麗好き」の教員へ

 立て看の撤去を支持している教員には、ひょっとしたら「綺麗好き」だと自身を定義づけている人々もいるでしょう。何を美しいと思うかは人それぞれですが、立て看に書いている文字の内容ではなく、デザイン自体が気に入らないのかもしれません。こう考える人たちを「美観重視派」と呼ぶことにします。実は、意外にも「美観重視派」は大学で増殖しています。彼等もまたテレビ世代であり、見た目の効果を重視しているのです。彼等は、トイレの落書きと立て看を同列視しているのでしょう。

○裸の王様の服は綺麗だ

 そして彼等は、自分の勤める大学の写真うつりが悪いことに引け目をもっているに違いありません。古くさい建物をつぶして、ピカピカの建物を目立つところにたてて、入試パンフに載せて、受験生に幻影を信じ込ませ、受験生がふえて、偏差値もあがれば、万々歳なのでしょう。確かに、そうすると多くの受験生はだまされます。
 裸の王様が自分では綺麗な服をまとっていると錯覚していたとき、最初にそれに疑いをもったのは誰ですか?美観重視派の人たちは、最後の最後の疑いの声を発する喉に手をおしあてて、窒息死させようとしているのですよ。

○学生の心理的苦痛

 しかし、実際に入学した学生たちにとって、逃げ場も批判空間もないところで4年間過ごすというのは、たいへん苦痛なことだと思います。出席管理が厳しい時代、教室で90分の授業を退屈しながらもきいて、短い休み時間でほっと一息つくような、サラリーマンのような学生を既に量産しているのです。教員が知っているのは、せいぜいゼミで学生と話しているところまでです。彼等の本音―教員への悪口陰口や本質的批判―は、ネットでしかみられなくなるでしょう。今時の受験生はネットでの情報を重視しているので、受験生はどう思うでしょうか。
 法政大学でも授業評価を実施していると思いますが、授業評価の項目ではまかないきれないことのほうが学生には多いのです。こうした実態を無視して「学生の本分」という言葉を持ち出すのなら、「教員の本分」も持ち出して議論してほしいものです。

○大学の真価

 ある国のことわざに「家は構えではなく、ピローグで美しい」というものがあります。ピローグは肉などをいれた揚饅頭だそうです(ピロシキとは違うようですが、私にはよく分かりません)。すなわち、家の構えはどうでも、客に対するもてなしぶりでその家の真価が測られるという意味です。食堂をよくしろ、という意味ではありません。少なくとも4年間、一人一人の学生をちゃんともてなしなさい、という意味です。
 ともあれ、学生の意見表明のスペースをなくすのは、過去の移転と同じように、20年後、30年後に歴史の断罪を受けることになると、私は予想します。少なくとも、撤去に反対した学生を退学処分にするというのは、法政大学の名に汚点を残すことになるでしょう。

○立て看はともかくとしても

 いくら私が語ったところで、立て看自体の設置をどう思うか、学生の権利なのか大学の管理責任?なのか、この点についてはずっと論争は続くでしょう。しかし、いずれの立場にせよ、これに関わった学生を退学にするという最終手段をとってはいけません。
 諸氏の中にも労働組合があるはずです。学生の意見表明はだめなのに、組合の意見表明は正統性があるのですか?労使協調であれ対立路線であれ、組合はつぶされないという自信があるのでしょうが、この先、どうなるものやら分かりません。そうすると、諸氏の中でも、教授会などの会議で総長を批判しただけで「ルール違反」とされて、減給、停職、はては退職においこまれないとも限りません(実際にそういう大学が既にあることは承知の通りです)。組合員にせよ非組合員にせよ、自分の保身を考えないわけにはいかないでしょうが、自らの将来の地位の正当な安定のためにも、学生との連帯を模索すべきでしょう。昨年、法政の学生会館がなくなったとき、教員諸氏は、自分の研究室が大学からなくなる日のことを想像しましたか?

○罪刑法定主義の欠如?

 北朝鮮の刑法では、金日成を誹謗した落書きをしただけで死刑です。北朝鮮は、一般的には法治国家とみなされていませんが、条文があるだけでも、形式的には罪刑法定主義です。ひるがえって、法政大学における今回の学生への退学処分は、どのような罪と罰の方程式で決まったのですか。前例があったのですか。それとも、他の妥当な論拠があるのですか。会議ではどのような議論があったのですか。アカウンタビリティと透明性の原則に基づいて、こうしたことは全て公開されるべきです。
 私の勝手な想像ですが、法政大学には、こういう罪であればこういう罰に相当する、という明文規定はないのではないですか?そして今回のケースのような前例はないのではないですか? すなわち、罪刑法定主義の思想は今回の処分については存在しないのではないですか?
 にもかかわらず、新たな基準や前例をつくるのなら、それは在学生にも意見をちゃんと聞くべきでしょう。なんといっても全ての法政大学の学生は、処分の対象になりうるのです。何をしたら退学になり、何をしたらならないか、異議申し立てはできるのか、今回のことを契機に、そういった点を全ての学生に説明しておかねばなりません。そうでなければ、北朝鮮よりもお粗末な非人道的な組織だと噂されるでしょう(国家と大学とは組織原理が違う、と弁解するでしょうが、教職員諸氏もいつか不当な懲戒処分になったとき、どうしますか?どうしてそれは「不当」なのですか?諸氏は、労働法で身分を一定保障されていますが、学生は民事裁判をおこすしかないのです)。

○最後に

 「人は自分の石で家を建てねばならぬ」とは北欧の諺です。法政大学には、「自分の石」、すなわち法政なりの気概と建学の精神があったはずです。雑駁にいえば、法政は、知識人には左翼、大衆にはスポーツが売りの大学だったのではないですか(この二つは、ある時は調和し、ある時はせめぎあっていましたが)。それなのに、元気な学生や左翼っぽい学生や左翼学生(自称、他称)を追い出してしまって、法政大学は冷戦が終わったのですね。まさに「歴史の終わり」ですね。
 自分の石のかわりに、他人のふんどし―COEや大型科研費や企業からの研究資金―をどんどんとって、他の大学と変わらないような研究の「楽園」をつくってください。生き残り競争に勝ち抜いて、校友会や父母のウケをねらってください。学生は敏感ですよ。何を言えばよく、何がタブーか、彼等は教員よりも心得ています。彼等は教員の期待と指示通りに歩き、話し、成否はともかく就職・進学しようとするでしょう。そして卒業してから思うのです―対立のない静かで美観のキャンパスにいるときにはだまされていたけれども、何が自分に残ったかを自問するのです。

高級クラブのやり手ママにして作家でもある藤夏子さんのアピールを紹介します。

私のお店にも法政大の女の子がいますけど、みんな、退学処分に怒っています。若い人をいじめる大人なんて最低!そういう男性を好きになる女性は絶対にいません。
中核派さん、黒ヘルさん、私のスタッフの女の子は、みんな、あなたたちを応援しています。がんばってね。
OBのみなさんもがんばってください。後輩のために戦う男性は、若い女性にもモテますよ。

●藤夏子さんの本
「銀座ママの本音 男性からお金を引き出す方法」(河出書房新社)

●藤夏子さんのプロフィール
1965年東京生まれ。現在はクラブ、パブ、スナックなど合計11店の経営者。趣味はゴルフ。特技は料理とカンツォーネ。

2006年06月11日

文学部哲学科OB、長橋竜次氏のアピールを紹介します。

みなさんこんにちは、85年文学部哲学科入学の長橋です。

(人生いろいろあるもので)法大在学中は考えもしなかったことですが、生来街暮らしの私が、数年前に自分ちの庭をシカやイノシシが往来するような山里に引越しまして、仕事も山の中で林業と、今やすっかり街場の喧騒から遠のいた生活を日々送っております。正直自分が法大に在学していたこと自体も忘れかけておりました。新聞くらいは読みますが、テレビは映らないし、一昔前ならば今回の法大の事件のことも知らずにいたことでしょう。ところが今は便利なインターネットというものがありますから、知るとはなしに一連の不当な弾圧の過程も知ることになりました。3月の警官200人学内導入、学生29人逮捕、理由はなんと「立て看」を出すの出さないのという瑣末な内容。それだけでも呆れるのに、今度は文学部教授会の学生3人に対する「退学」決定。たかだか、「立て看」ごときでそこまでするかー。一体全体法大はどうなっているんだ?
(人生捨てたもんじゃないと思うのは、)こんな私でも結婚して子供をもうけたことです。やはり子を持つ親としては、子供の将来に対して責任を感じるわけです。でも最近新聞読んでてもロクでもないことばかりですよね。共謀罪だの、憲法改悪だの、児童虐待は絶えないし。今回の法大の事件もなんかそういうものと無関係ではないような気がしてとてもヤバイ感じがします。

「3.14法大弾圧を許さない法大生の会」のブログで、当該学生の実名入りの看板や、その他の立ち入り禁止の看板で一杯に覆い尽くされた法大の写真を見ましたよ。まったく嘆かわしい光景です。そう言えば、まだ学館の建物があった2年前、(できれば街場にはあまり近づきたくないのだけど止むを得ない用があったので)駿河台から神保町に下っていく時、明治大学の校舎をふと眺めたら今の法大と同じような学生実名入りの立ち入り禁止看板があったな。早稲田でもビラ撒いたら逮捕されたと聞くし。ああなるほどね。今回の法大の開いた口が塞がらないほどのでたらめなやり方というのも、そういう流れの一環なんですね。

今久しぶりに自分自身が法大に在学中だったことを思い起こすと、法大では(特に学生会館では)、まあ実にいろんな人々と出会いましたね。政治的な潮流や、音楽や演劇などの文化的なことに熱中する人や、もちろん学問を熱心にやる人達もいたし、障害者などそれまでの自分の人生になかった問題意識を突きつけられたりもしました。
学館のトイレに、車イスを使用する人も使えるトイレを当該の障害者と一緒に試行錯誤で設置したり、しまいには自らセメント捏ねて左官屋さんの真似事をしてサークルBOXの入り口の段差にスロープをこさえたりしていた(これは結局中途半端に終わってしまってすみません)。

何を言いたいかというと、結局今の法大当局者がやっていることは、私が法大で経験したようないろんな人や潮流との出会いを、学生から奪うことにつながりませんか?ということです。なにしろ何度も言いますが、たかだか「立て看」ひとつで、大学の意にそぐわない者は退学ですから、こんな場所にいろんな意見を持った人や潮流などが集まってくるとは思えないのです。

あとついでだから言っときますが、林業の世界では例えばヒノキなどの造林でも昔ならヒノキ以外の樹種は全て育林の過程で伐ってしまって、ヒノキ純林を作ってましたが、そういう単一樹種の山はとかく保土力に欠けて災害に弱い山になってしまう。それで最近は、有用な広葉樹も所々残してなるべく自然林に近い山の姿で造林していこうというのが提唱されてます。
ちょっと例えが強引かもしれなませんが法大当局のやろうとしていることは、ヒノキ純林を作ろうとしていることではありませんか?「純林」は災害に弱いですよ。雑木も残しておいて下さい。
林業では今やってることの結果が出るのは50年、100年先のこと。
大学だって同じことですよね。


最後に付け加えておきます。当「統一OB会」の公式声明文に、「ジャン・ポール・サルトルの親友であられた矢内原伊作先生、カント研究の第一人者であられた濱田義文先生、田中美知太郎の一番弟子を自認されていた加来彰俊先生らに対する尊敬の念を失わなかった。」云々とありますが、私の場合も確かにそう思っておりました。ですから、さらに「学生は諸君らの<せこさ>に呆れている。」というようなことがあるのだとしたらまったく残念なことです。なぜなら最近つくづく思うのは学生会館で活動するのと同じくらいに、授業もちゃんと受けて勉強しとけば良かったなということだからです。

ともかく、
文学部教授会の先生方におかれましては、今回のでたらめな「退学」処分を撤回されるよう、法学部教授会におかれましては、なにとぞ正しい判断をされるようお願いします。


2006年06月09日

法大が世界に誇る名物サークル「野宿同好会」の創設者、鈴木一夫氏のアピールを紹介します。

2006年6月9日
鈴木一夫
野宿同好会創設者
1989年入学、文学部卒 

法政大学の教授会の皆様に卒業生から一言

●「意見表明で退学」なんて考えられない

 今回の学生への退学処分を知ってその動きを見ておりました。
 まず学生諸君への退学処分ですが、言い訳ともとれる内容を書き連ねておりますが、意見表明したくらいで退学にするのは考えられない。大学名での掲示の内容を見ても枝葉のことばかりであんなことホームページで世界中に発信して恥ずかしくないのかという気持ちになります。

●「学生の意見表明は自由」が原則

 それと、僕らが在学したころにはあった大学の懐の深さというか、学生の意見表明は自由であるという原則ありましたし、それが当たり前だと思う。また、法政大学自身にもそれは感じられました。
 学生が卒業して入れ替わる度に小出しにルールを変えて気付いたら意見表明も大学の許可を得たものという、こんなところに学問の発展はあるのか、疑問です。ほんと法政大学はどうなってしまったんでしょうか?

●卒業生は「裏切られた」と感じている

 今回の大学名での内容を読むと、学生と父母向けの内容になっていました。僕たち卒業生にはどのような説明も行っていませんがどういうことでしょうか?
 まさか、今学費を払ってもらっている学生(父母)をお客さんとしてみて卒業生は無視ですかねえ。法政大学をよ~く知っているのは卒業生ですし、大学を卒業して誇りに思う僕からすると、後を引き継いだ法政大学のうち教授会がその後変節してしまった感じを受けます。裏切られた感じです。

●教育機関としての責任を果たせ!

 大学教授になったんだから学生を相手にするのは当たり前ですよ。僕は法政大学を卒業できたことに感謝していますよ。だけど、今回のはやりすぎです。教授会の皆様、その人の人生の一時期を引き受けて入学させたのだから、教育機関として責任があります。今回の退学処分なんで撤回してください。その後、学生との話し合いをしてください。
 また、教職員で今回のやり方を出過ぎたと思う方々、是非内部からも退学はやり過ぎという世論を高めてください。

2006年06月08日

90年代法大学生運動のスーパーヒーロー、松本哉氏のアピールを紹介します。

2006年6月8日
松本 哉
94年入学
法政の貧乏くささを守る会・元代表

無罪の学生を退学処分にしようなんて、
まったく、なに考えてんだ!?

 いやー、法政もとんでもない事になってきたね!!あれよあれよという間に、ビラや立て看やらの規制をもくろみはじめ、挙句の果てには法政の抱える最強の文化=学館をもぶち壊してしまった!少子化で「生き残りの時代」とか言ってるわりに自分の首を絞めるようなマヌケなことをやってやがる!法政のいいところから順番に無くしていくとは、なに考えてんだ!
 ・・・と思ってたところに!最近、法大で立て看規制に反対するデモをやっただけで、29人も捕まるという、とんでもない事態が起こった!!なんだそりゃ!?おい、そんなの微罪も微罪、っていうか罪でも何でもねえじゃねえか!案の定、すぐに不起訴で釈放されたのに、大学はその学生たちを退学処分にしようなんて、まったく、なに考えてんだ!?

●おれは有罪になってから退学になったぞ!

 ちなみに、自分も在学中はそうとうロクでもないことをしでかして、処分をくらいまくってた。法政の貧乏くささを守る会で、キャンパスの一角(ピロティ下)を占拠し、数週間コタツ・テレビ・鍋・酒などをひたすら持ち込んで住み着いたり、キャンパスでビアガーデン集会をやって、暴徒化した群衆を率いて総長室に攻め込んだりしてもようやく「譴責」や「停学1ヶ月」(腹立ったから期間中の1ヶ月間は毎日大学に行ってやった!)。その後、法大総長らの悪だくみシンポジウムを叩き潰して、逮捕され、有罪になってから退学処分になった。もちろん、これらの処分も全部不当極まりないことなんだが、最近の法大当局はさらに狭量になってきてるんじゃないか?

●「学生の本分」を決めるのは学生だ!

 そもそも、大学とは学生がなにかを学んだり研究したり、いろいろ模索したり出来る場所だ。ってことは、本来は学生がメインであり、学問のために先生達を招き、事務作業を円滑にするために職員を雇った。・・・が、今は全く逆になっていて、大学のボスのはずの学生がなんだかんだと当局から縛られていて、窮屈になっている。挙句の果てには、大学当局のほうが勝手に理想の学生像を作り上げて、それを押し付けてきやがる。おい!逆だ、逆だ!
 大学当局はよく、「学生の本分に反するから」とかいう理由で学生を処分するが、あの連中に「学生の本分」なんか決められる筋合いなんかねえよ、まったく。

●集まれ!騒げ!今こそ母校を救え!

 自分はOBという立場だが、法政大学という場所は自分にとって相当いい影響を与えた!法政のおかげでいまのびのびと暮らしているといっても過言じゃない。法政は何でもアリで混沌としている大学だったから、こんな大学にしばらくいたら、世の中に出てもちょっとやそっとの事が起こっても動じないくらいにはなってしまう。世の中にクセ者を輩出しまくってきた日本一の大学=法政が、くだらないイカサマ大学になってしまったら、世の中面白くもなんともなくなるぞ!社会にとって大損失だ!それ