文学部哲学科OB、長橋竜次氏のアピールを紹介します。
みなさんこんにちは、85年文学部哲学科入学の長橋です。
(人生いろいろあるもので)法大在学中は考えもしなかったことですが、生来街暮らしの私が、数年前に自分ちの庭をシカやイノシシが往来するような山里に引越しまして、仕事も山の中で林業と、今やすっかり街場の喧騒から遠のいた生活を日々送っております。正直自分が法大に在学していたこと自体も忘れかけておりました。新聞くらいは読みますが、テレビは映らないし、一昔前ならば今回の法大の事件のことも知らずにいたことでしょう。ところが今は便利なインターネットというものがありますから、知るとはなしに一連の不当な弾圧の過程も知ることになりました。3月の警官200人学内導入、学生29人逮捕、理由はなんと「立て看」を出すの出さないのという瑣末な内容。それだけでも呆れるのに、今度は文学部教授会の学生3人に対する「退学」決定。たかだか、「立て看」ごときでそこまでするかー。一体全体法大はどうなっているんだ?
(人生捨てたもんじゃないと思うのは、)こんな私でも結婚して子供をもうけたことです。やはり子を持つ親としては、子供の将来に対して責任を感じるわけです。でも最近新聞読んでてもロクでもないことばかりですよね。共謀罪だの、憲法改悪だの、児童虐待は絶えないし。今回の法大の事件もなんかそういうものと無関係ではないような気がしてとてもヤバイ感じがします。
「3.14法大弾圧を許さない法大生の会」のブログで、当該学生の実名入りの看板や、その他の立ち入り禁止の看板で一杯に覆い尽くされた法大の写真を見ましたよ。まったく嘆かわしい光景です。そう言えば、まだ学館の建物があった2年前、(できれば街場にはあまり近づきたくないのだけど止むを得ない用があったので)駿河台から神保町に下っていく時、明治大学の校舎をふと眺めたら今の法大と同じような学生実名入りの立ち入り禁止看板があったな。早稲田でもビラ撒いたら逮捕されたと聞くし。ああなるほどね。今回の法大の開いた口が塞がらないほどのでたらめなやり方というのも、そういう流れの一環なんですね。
今久しぶりに自分自身が法大に在学中だったことを思い起こすと、法大では(特に学生会館では)、まあ実にいろんな人々と出会いましたね。政治的な潮流や、音楽や演劇などの文化的なことに熱中する人や、もちろん学問を熱心にやる人達もいたし、障害者などそれまでの自分の人生になかった問題意識を突きつけられたりもしました。
学館のトイレに、車イスを使用する人も使えるトイレを当該の障害者と一緒に試行錯誤で設置したり、しまいには自らセメント捏ねて左官屋さんの真似事をしてサークルBOXの入り口の段差にスロープをこさえたりしていた(これは結局中途半端に終わってしまってすみません)。
何を言いたいかというと、結局今の法大当局者がやっていることは、私が法大で経験したようないろんな人や潮流との出会いを、学生から奪うことにつながりませんか?ということです。なにしろ何度も言いますが、たかだか「立て看」ひとつで、大学の意にそぐわない者は退学ですから、こんな場所にいろんな意見を持った人や潮流などが集まってくるとは思えないのです。
あとついでだから言っときますが、林業の世界では例えばヒノキなどの造林でも昔ならヒノキ以外の樹種は全て育林の過程で伐ってしまって、ヒノキ純林を作ってましたが、そういう単一樹種の山はとかく保土力に欠けて災害に弱い山になってしまう。それで最近は、有用な広葉樹も所々残してなるべく自然林に近い山の姿で造林していこうというのが提唱されてます。
ちょっと例えが強引かもしれなませんが法大当局のやろうとしていることは、ヒノキ純林を作ろうとしていることではありませんか?「純林」は災害に弱いですよ。雑木も残しておいて下さい。
林業では今やってることの結果が出るのは50年、100年先のこと。
大学だって同じことですよね。
最後に付け加えておきます。当「統一OB会」の公式声明文に、「ジャン・ポール・サルトルの親友であられた矢内原伊作先生、カント研究の第一人者であられた濱田義文先生、田中美知太郎の一番弟子を自認されていた加来彰俊先生らに対する尊敬の念を失わなかった。」云々とありますが、私の場合も確かにそう思っておりました。ですから、さらに「学生は諸君らの<せこさ>に呆れている。」というようなことがあるのだとしたらまったく残念なことです。なぜなら最近つくづく思うのは学生会館で活動するのと同じくらいに、授業もちゃんと受けて勉強しとけば良かったなということだからです。
ともかく、
文学部教授会の先生方におかれましては、今回のでたらめな「退学」処分を撤回されるよう、法学部教授会におかれましては、なにとぞ正しい判断をされるようお願いします。