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「退学処分を撤回せよ! 法政大学統一OB会」代表、遠坂裕夫氏のアピールを紹介します。

2006年6月3日
遠坂裕夫
1976年入学
文学部自治会元委員長・全学連元副委員長


「処分撤回」の一点で一致して行動することを呼びかけます


●今回の問題は学生だけの問題ではない

遠坂です。
今回の弾圧、無茶苦茶である、許せない。
と、同時に、当該の処分された学生がへこたれていない。
キャンパスで学生部長を取り囲んで大衆的に追及している。
それがすごくうれしい。
教授会のやっていることは、ごう慢そのもの。インテリゲンチャとしての反省のかけらもない。声明にあるように「せこい」の一言につきる。
「法大当局よ。ここまで腐ってしまったのか」と言いたくなる。
退学処分は絶対に認められない。
何より、現役の学生にがんばってほしい。
だが、今回の問題は、それにとどまらない。
退学処分を出した安東学生部長に代表される現役の教授たちと同世代の私たちの責任が大きい。
安東学生部長の世代とは、自民党の次期総裁候補の安倍晋三内閣官房長官や民主党の前原前代表などに人格的に代表される「国防おにいちゃん」たちの世代で ある。
小泉首相の北朝鮮訪問・拉致問題のクローズ・アップをきっかけとした反北朝鮮キャンペーン。あるいは、小泉首相の靖国参拝に抗議する中国・韓国の民衆の 決起への日本国内でのバックラッシュ。それらをきっかけとして、新たなナショナリズムが台頭してきている。
昨年、夏、東京.杉並で「つくる会」教科書の採決をめぐる賛成派と反対派の激突の中で、ついに「ネット右翼」まで街頭に登場したのを目撃して、このナショナリズムが単なる復古主義ではないことを痛感している。
だからこそ、今回の退学処分を許すのかどうなのかは、現役の学生の世代を超えた課題であると思う。

●勇気ある一歩をともに踏み出そう

このサイトを見ているあなたは、ちょうど今、共謀罪の衆院法務委員会強行採決に反対して、民主党の全議員に反対の立場を貫くように求めるメールの書き込 みを必死になってやっている1人かもしれない。
共謀罪強行と同じことが法政でも起こっている。
だから、共謀罪採決を今この時点で許してない大衆的な反撃を、同じように法大当局にたたきつければ、必ず処分は撤回できると確信している。
勇気ある一歩をともに踏み出そうではありませんか。

●私の世代は「谷間の世代」

ついでに、自己紹介を一筆。
1976年4月、法政大学文学部哲学科に入学。
入学当初、1年Bクラスの友だちから「入学にあたって、両親に『学生運動には絶対かかわらない』という誓約書をかかされた」という話を聞いた。
実は、私も書かされた。
入学の前年の1975年、新聞に毎日のように「法大キャンパスで内ゲバがあった」という報道が載せられていた。だから、両親がそんな誓約書を書かせるのも当然といえば当然のことなのだが。
そんな誓約書を書かされても、入学してすぐに学生運動に飛び込んだ。
ちょうど、私と同世代に女優の大竹しのぶさんがいる。
彼女の兄貴が学生運動をやっていて、彼女は「私も大学に入ったら学生運動をやるんだ」と思ったという。
ところが、大学に入るとバリケードは解かれて、いわゆる「正常化」された後だった。彼女は学生運動に飛び込もうにも飛び込めなかった。
当時、『朝日ジャーナル』は彼女のような人を「谷間の世代」と呼んだ。「全共闘世代と新人類にはさまれた世代」という意味を込めて。

●学生運動と無関係でいるのが不可能だった

だが、法政は違った。
キャンパスに入るとベニヤ4枚張りの看板が6枚か7枚毎日並べられて「○○闘争に決起せよ」とか「町田移転阻止」という文字がいやがおうでも目に飛び込んできた。「トロ字」と呼ばれた独特の字体で。
正門で白や黒のヘルメットをかぶった活動家が始業時から、せっせとビラをまいていた。
試験時になると、「BBSP(爆竹・バルサン・スプレー・ペンキ)作戦」と呼ばれた試験粉砕闘争で、試験は中止になった。
4年それが続いたら一回も試験を受けないで卒業する学生が生まれてしまうということに危機感をもった当局は77年1月、ガードマンを導入して、試験会場を鉄板でおおった。
こんな環境で、学生運動と無関係でいるなんて、少しでも左翼的感性があったら不可能だ。

●総長団交で人生観が根本から変わった

77年5月6日、成田空港の開港を阻んでいた岩山鉄塔が闇討ち的に倒された。
それに抗議して、その日のうちに、現地にかけつけて、機動隊に火炎ビンを投げつけた。
そうしたら機動隊に取り囲まれて、ボコボコにされ、顔中あざだらけになりながら逮捕された。
まだ当時、未成年で少年鑑別所に送られた。鑑別所から千葉刑務所に送られた。
刑務所の中で、5月23日の狭山差別裁判糾弾闘争で大量逮捕者が出たと聞いた。
さらに、5月27日、法大で「町田移転阻止」「3条件6項目解体」を掲げて学生会館に泊り込んでいた学生308名全員が不当逮捕されるという大弾圧事件が起こった。
これに抗議して学生部長団交、3学部長団交が行われ、
78年1月12日には、中村総長との大衆団交が511番教室の教室を満杯にして行われた。保釈されたばかりの私も、この団交に参加して、学生運動の醍醐味を実感した。
大学に入って1年生と2年生の間にこれだけのことを経験すれば、人生観が根本から変わってしまって当たり前だ。
そんなことがあって、文学部自治会委員長を引き受け、果ては、全学連副委員長まで引き受け、84年に再度、成田闘争で逮捕されることとなった。

●法大生に生き続ける「闘う文化」

70年から80年代にかけて、活動家であろうが、一般サークル員であろうが、学生会館を中心として、法大が全国学生運動の拠点と言われたことにみんな誇 りを持っていた。
一文連のGLC(グループ・リーダース・キャンプ)に参加すると、混声合唱団のサークル員から、「革命の歌」を自分たちは歌っているんだという話を聞いた。
応援団の団員だって「町田移転反対」という意見をはっきりもっていて、学生大会に参加して、ストライキ決議に参加した。
そうした、闘いのスピリットが現在に至っても法大に脈々と生き続けていることは、先輩として本当にうれしく思う。
一文連の機関誌は、『文化創造』であるが、確かに法大には、学生会館と試験粉砕闘争とストライキと立て看板と始業時からのビラまきに象徴される闘う文化が不屈に生き続けてきた。
法大当局、とりわけ安東学生部長世代は、この『闘う文化』に憎しみを抱いて、自治会を非公認化し、学生会館を閉鎖・解体し、ついに立て看板・ビラまきに手をかけてきた。
OBの間で話していくなかで、学生会館という恵まれた環境が、法大学生運動にとって、どれほど大きな財産であったのかを実感している。
今の現役の学生諸君が、学生会館のない困難な状況の中で、当局と渡り合っているのを見て、ほとほと敬服する。
とはいえ、マルクス・エンゲルスが『共産党宣言』で書いたように、「鉄鎖以外失うものがない」者は強い。
それこそ、闘いの原点だ。
だから、ある意味、今、キャンパスで学生部長を追及している現役の学生諸君の挑戦は1970年代の疾風怒とうの時代を越える挑戦をやっている。

●立場の違いを越えて、ともに闘おう

話が自己紹介から、いつの間にか離れてしまったが、とにかく、声明でうたわれている、「若者の自由を守ることは先達の責任である」という点に共鳴して、
共同代表に名前を連ねることにしました。今私は、杉並での反戦運動や東京での労働運動にかけずり回っていますが、立場の違いを越えて、「処分撤回」の一点で一致して行動することを呼びかけます。

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コメント

始めまして。
 法大とは別の大学出身者で、名古屋在住ですが、「立場の違いを越えて、ともに闘おう」に賛同します。

 ネット限定でできる範囲内ではありますが、署名に賛同し、カンパをし、法大当局へ抗議のメールをし、ブログ等でこの問題を取上げたりしています。

 東京で6・15や6・25にも参加を検討しております。

 強力な先輩方がこうして立ち上がられた事に、敬意を表したいと思います。

遠坂さんとは、イラク反戦運動過程で少しだけ会話をさせてもらったことがあります。私も2003年卒業の法大オービーでもあり一文連・自治会オービーですから、この陣形に参加させてもらおうと思います。

実は、この法大弾圧以前、私に対する経済的圧迫と精神的嫌がらせとしかいえない露骨な攻撃を公安警察から受けております。なんと、私の実家が経営する店舗の目の前に、Nシステムを公安警察がつけやがったのです。これはインターネット活動をおもにブログ(日帝批判と改憲阻止のブログです)などで展開してきた私に対する公安の嫌がらせそのものだということです。ですから、余計に公安の攻撃や、大学当局の対応に激しい憤りがあります。私も法大学生会館の最後の世代として、「闘う文化」を闘ってきた一人として、法政大学統一OB会に賛同したいと思います。

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