7/3(月) 正門前ビラ情宣 やります
毎週月曜日の正門前ビラ情宣、賛同者も増えてきました。
少しでも時間がとれる方、ぜひ協力お願いします。
日時:7月3日(月) 12:00~13:30
場所:法政大学市ヶ谷キャンパス正門前
<注意!>
暑い日が続いてますね。熱中症にはくれぐれも気をつけましょう。
情宣当日の天候は微妙ですが、ポカリスエット、ミネラルウォーター等の持参を呼びかけます。
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毎週月曜日の正門前ビラ情宣、賛同者も増えてきました。
少しでも時間がとれる方、ぜひ協力お願いします。
日時:7月3日(月) 12:00~13:30
場所:法政大学市ヶ谷キャンパス正門前
<注意!>
暑い日が続いてますね。熱中症にはくれぐれも気をつけましょう。
情宣当日の天候は微妙ですが、ポカリスエット、ミネラルウォーター等の持参を呼びかけます。
いやはや、法政はトンでもない大学になってしまいましたね。
私が在学していた頃、市ヶ谷キャンパスは様々な団体やサークル、有志が出した新聞、雑誌、機関紙、ビラ、チラシであふれていました。
私も『法政大学新聞』の編集をしながら、学団連のサークルで雑誌を作ったり、自治会(中核派じゃないよ系)の機関紙の編集を手伝ったり、はたまた同じ学部生5~6人であやしい有志グループを作って置きビラをしたりと、7年間にわたってせっせと言論活動(?)にいそしんでいました。
大学側もストライキや試験粉砕のような学生の実力行動には、ロックアウトをしたり、機動隊の配備を要請していましたが、言論・表現活動については干渉しませんでした。そういった法政の自由な雰囲気は最近まで続いていたと思います。
ところが、今やどうでしょう。
立て看やビラへの規制を一方的に発表する。
学生が抗議をすれば、学内に警官を導入して逮捕させる。
警察で不起訴になって釈放されても、学則にない自宅謹慎を強要する。
そんなの無視して学校に来れば、退学処分にしてしまう。
処分に抗議しようと学校に来れば、再び警官を導入して逮捕させる。
まさになりふり構わず、手段を選ばずといった状態です。
学生が自主管理していた学生会館は取り壊され、代わって大学が管理する新しい施設を建てていますが、かつてのような部室はなくなり、サークルは会議室を借りて使うことになるそうですね。大学に批判的な出版物やビラを出したサークルは、部屋を貸してもらえず、追い出されてしまうのでしょうか?
かつての法政なら、「いくら何でもそこまでしまい」と思うのですが、現在の様子を見ていると、果たしてどうでしょうね?
創刊から約80年、戦時中もぎりぎりまで発行を続けた『法政大学新聞』が、学生部に睨まれる記事を載せたら新施設から追い出されて廃刊になった・・・なんてことにならないよう願っています。
改めて、文学部生3人への処分撤回と、法学部生2人への不処分を求めます。
権力は今回の法政大学の状況を最優先政治課題と規定し
ありとあらゆる醜悪かつ卑劣・非道な弾圧をかけてくると思います。
僭越ながら我々が心しなければならないのは
1.我々の内的状況を先鋭化させない。十分な革命的警戒心を持つ。
2.広範な人々に情理に基づき呼びかけ、分厚い、法大の闘いへの
共感・直接行動に基づく闘い・行動の陣形を形成する。
3.逐次・随時、権力の行動の体系。権力の獲得目標を分析し
できうるならば、システム(権力)化された連中の二過程・三過程先の
弾圧・政治的抑圧の形態を認識し、それに対する、想定しうる闘い
の状況を創造する。そしてそれに基づく、我々の全的様式を整えて行く。
上記、言うは安く、行うは難しの私たちの論理、ライフの姿勢であります。
けれど、今日までの闘いの歴史の総括を行なわんとする時、決して
避けては通れない我々のテーマだとも思います。
私は一人の下層労働者として闘いに参加させていただきます。
法大の闘いが勝利に基づく基底をかき抱く腕力を保持し、それを
発育・進化・発展させ偉大なる勝利を獲得する、大学革命の
狼煙をあげる、豪腕を達成する、今夏であるのを激しく祈念します。
中年OBの諸君、
これ聞くと元気でるぞ。
「偽善者」
6・25 5人の後輩を励ます集い(略称「激励集会」)には、塩見孝也氏、共産同の元幹部をはじめ、全国から「革命家」が結集! 会場内は、二十数名の熱気と妥協なき意志が交感しあう高密度な空間と化しました。

統一OB会の遠坂(右)、中川(左)の司会進行で、●統一OB会代表による主催者挨拶●当該学生の紹介と現状報告●6・15法大1000人集会のビデオ上映●弁護士浅野先生による火の玉のごときアピール●学生会館在りし日のスライド上映●参加者全員からの熱い激励アピールとプログラムは続き、最後に当該学生2名による力強いアピールで、第一次集会は締めくくられました。(その後、2次会、3次会と神楽坂の夜は圧倒的に盛り上がっていくのでした。。。)
当該学生の友部君と久木野君は終始元気いっぱいの姿をみせてくれました。それにしても二人の屈託のない明るさってのは、何にも替え難いパワー。我々OBも逆に励みに感じています。
しかしながら集会のタイトルにもあるとおり、本来この日は5人の後輩達が、我々の目の前に揃っているはずでした。それがたったの二人だけ(一時は一人だけか?一人もいなくなったら洒落にならんぞ!という状況で落胆は相当なものでした)。我々は、早急にあと3名を奪還しなくてはなりません。
<法政大学統一OB会としてのスローガン>
●37名不当逮捕弾劾!
●学生3名を奪還するぞ!
●法学部教授会の処分決定を阻止するぞ!
●文学部教授会は退学処分を撤回せよ!
●ビラ・立て看規制粉砕!
●統一OB会は団結して闘うぞ!
追記:
速報でお伝えしたとおり、法学部教授会の結論はまたしても先送り。教授会内部は、なかば判断能力を失った状態のようにも伺えます。
いずれにせよ、我々は断固として闘いを続行していきます。
先送り(4回目)
●今日の昼情宣は8人の部隊(平均年齢39.4歳)で行いました。
法政の 未来を決す 教授会
我が身思うか 学生思うか
●昨日の「激励集会」は、塩見孝也氏、共産同の元幹部をはじめ、
全国から「革命家」が結集!感動的でした!詳しくは、後ほど。
「5人の後輩を励ます集い」(略称「激励集会」)
日時:6月25日(日曜日)、13:00から15:00(集会後は交流会を開きます)
場所:飯田橋ラムラ(新宿区神楽河岸1-1 セントラルプラザ)10階
主催:退学処分を撤回せよ! 法政大学統一OB会
●決戦前日のあの雰囲気をともに味わいましょう!
学生さんのブログにあるとおり、
昨日、法学部の当該学生1名が釈放されました。
一度ついた10日間の拘留を覆す釈放の意味は決して小さくありません。
学生たちはますます元気。意気盛んです。
Wカップは予選で終わったそうですが、こっちはいよいよ決勝戦!
日曜日は決戦前日のあの独特の雰囲気をともに味わいましょう!
検問で 権力ふるう 先生の
院生の頃の 面影いずこ
声をあげ ビラを配れば 大学は
公安ひきいれ 学生拉致す
逮捕者の 山を築きし 当局は
言論排除し 誰を守らん
法政の 未来を決す 教授会
我が身思うか 学生思うか
私は00年入学で05年に卒業したOBです。
現役時代は03年度から04年度に多摩サークル連合の執行委員を務めました。
また、市ヶ谷のサークルにも入っていまして、
今回の逮捕者の一人(後輩)とはそこで知り合いました。
私の後輩が逮捕され、不起訴なのにもかかわらず退学処分にされそうになっている。
そのような事体に驚くと共に、大学への怒りがわいてきます。
○ビラ巻き・デモ・学内に入るだけで逮捕ってなんだ?
被逮捕者は今回の一連の逮捕劇において、単にビラを巻く・デモをしただけでしょう。
それのどこに逮捕しなきゃいけない理由があるのか。理解に苦しみます。
そもそも、思想信条や表現の自由と言うのは,
幅広く認められなければならないと考えています。
私は逮捕者の方々の一部とは思想的に異なる考えを持っている人間ですが、
それでも彼らの考えは尊重するし、彼らがそれを発表するのを止めることはしません。
それが、民主主義だと考えています。
今回はそれを侵すばかりか、罪をでっち上げて逮捕に至る。信じられない事です。
○大学に警察を簡単に入れていいのか?
そして、大学はいつから警察と一体化して行動するようになったのか。
大学内には基本的には警察を入れないで、自らの力で学内を統治するのが
大学のあり方ではなかったかなあと考えるのですが、いかがでしょうか。
法政大学は自治を放棄してしまったと考えます。
私服警察官が学内をうろつく状況は、
学内の研究者にとってもいやーな事だと思うのですがどうでしょうか。
特に法政は労組関係や市民運動関係の研究に明るい方が多いと思いますが、
あなたの研究も見張られているかもしれませんよ。いいのですかね?
○表現の自由が脅かされている
6月12日発売のAERAや5月22日に発行された東京新聞に、
渋谷でサウンドデモを行なった人間が警察に狙い撃ちされ、
逮捕されたというニュースが掲載されています。
(詳細はhttp://mayday2006.jugem.jp/にあります)
彼らのデモは東京都公安委員会へ申請したデモであり、
平和的なデモで前年に同一の活動をしても何も言われなかったデモでした。
それが今年は急に弾圧され逮捕される事態になった。
今回の法政の逮捕劇はそのような警察の市民運動への弾圧の一つであり、
本来ならば大学はその流れと一線を画して、
警察に通報して学生を売り渡したり、立て看板規制やビラ規制をおこなうのではなく、
学生の表現活動を保護すべき存在だと考えるのですがいかがでしょうか。
それとも明治大学のように、将来は学生団体の学内での活動を監視し、
サークルが出した冊子の内容を検閲して学内活動を取り消すような
大学にしていこうとお考えなのでしょうか。
○学生との対話がない大学
市ヶ谷の学内状況はここ数年で大きく変わりました。
多くの規制が一方的に告知され、それに対して抗議の声をあげても、
その意見に全く耳を貸さないようになってしまったと聞きます。
今回の事件の直接的な原因となった立て看・ビラ規制も、
大学側の一方的な告知だと聞きます。
大学は学生をどのような存在だと考えているのでしょうか。
構成主体の一人だと考えているのであれば、もっと真摯に話を聞くべきだし、
「お客さん」としてしか考えていないにしても、お客さんの要望を聞いて、
最大限尊重していくのは当然の行動だと思うのです。
また、学生が卒業し子供を産み育てその子が大学にいく世代になった時、
学生の声を聞かないような大学に子供をいかせるだろうか。
卒業生は大学の最も重要な顧客の一人だと考えるがいかがだろうか。
○多摩の方々へ
多摩の方々は他のキャンパスの事だと考えているかもしれません。
しかし、既に理事会によって多摩と市ヶ谷の統合は進んでいます。
多摩の学生生活課は来年から市ヶ谷の学生部の下になります。
他の部局も市ヶ谷が本局という扱いになっていきます。
いままで良くも悪くも多摩と市ヶ谷はある程度独立した
存在であったのが、今後は市ヶ谷の中央集権体制となります。
今の市ヶ谷の状況を見てわかるように、強権的な手法が
多摩に直接的に降りかかって来るかもしれません。
市ヶ谷の問題だと思い、関心を持たないでいるといつのまにか・・・。
そのような状況にならないよう、共に声を上げていくべきではないでしょうか。
○在学生へ
もし、今回の事態が自分達に関係のないことであると考える人がいるのであれば
それは誤りであると指摘したい。
今回の処分が通るようであるならば、それは大学にとって都合の悪いものは
いつでも処分できる体制を作り上げる事となる。
大学に対して不平不満があり、それをぶつけた時に同じように
されるかもしれない危険性を孕んでいる。
想像力を持って今回の事態に関して考えていただきたい。
そういえば先日、正門前でこの問題のビラを巻こうとした私に
ある学生部職員はこう言いました。
「もう、学生部にこないでね。」
この問題に関わるだけでも許さないという姿勢が見えました。
別にOBなので学生部にいく必要ももうないのですが、
ある程度話が出来た学生部の職員の方に言われたのはショックでした。
本人の意思で出てきたのか安東学生部長を始めとする上からの
指示なのかはわかりませんが、今の法政の言論の自由のなさ、
法政のおかしさが表れた言葉でした。
今からでも間に合います。法学部生への処分を行なわず、
文学部生への処分を撤回すべきです。
学生・教職員の方々も是非今回の問題へ興味を持ち、抗議の声をあげてください。
よろしくお願いします。
毎日、ブログを見ています。
この間、驚きの連続でしたが、「公安が学内で待ち伏せをしていた」という19日の弾圧には言葉も出ないほど驚きました。
当局は「一般社会のルール」云々と言っていますが、どんな社会にもやってはいけない一線、越えてはいけない一線というものがあります。19日の弾圧で当局は一線を越えてしまいましたね。
私たちの世代は、一線を越えた人間の末路をいやというほど見てきました。21世紀になったというのに、また同じことが母校で繰り返されているのが残念でなりません。また一線を越えた人間の末路を見ると思うと悲しくてなりません。
●異様な雰囲気の外堀公園で情宣
この日は「今朝、また4人逮捕」という連絡を受け、急遽、メンバーが作成した「学生4名不当逮捕」を報じるビラをもって昼のキャンパスに向かいました。
市ヶ谷キャンパス正門前の光景は「異様」の一言につきました。なんと正門前を制服警官が固めていたのです。
門の内側は警備員、門の外側は制服警官。警備員は「中に入れまい」と構えています。警官は「ここは公道ですので、ビラ配りはできません。ビラを配るには許可が必要です」といいます。
で、結局、この日は全学連の若者たち、救援会の方々、公安刑事、そして野次馬でごった返す外堀公園(この光景もかなり異様)でビラ配りをしました。
この日の部隊の平均年齢は38.8歳。ついに30歳台の大台に乗りましたが、物々しい警備を見せ付けられたせいか、前回来たときよりも大学が遠くに感じられました。
●次回は26日(月)の昼休みにやります
次回の正門前ビラ情宣は法学部教授会の当日、26日(月)に行います。この日の昼休みにはキャンパス中央での学生集会も予定されています。ぜひ、ご参集ください。
●25日(日)「激励集会」に結集せよ!
「5人の後輩を励ます集い」(略称「激励集会」)
時間:13:00から15:00(集会後は交流会を開きます)
場所:飯田橋ラムラ(新宿区神楽河岸1-1 セントラルプラザ)10階
主催:退学処分を撤回せよ! 法政大学統一OB会
●法政は早稲田、明治のようなわけにはいかない!
19日の弾圧によって「当該者の8割が獄中」という異常事態になりましたが、学生たちは驚くほど元気です。
ある学生は「学生への締め付けは全国で行われていることですが、ここで突破口を開きます。早稲田、明治は上手くいったかもしれないが、法政はそうはいかない、というところを見せてやります」と語っていました。
また、ある学生は「立て看を出しただけで37人も逮捕なんて、親も信じてくれません。大学は学生も親もバカにしている。人をバカにするとどうなるのか、 わからせてやります」と語っていました。
また、ある学生は「こうなったらガチンコです。『法政は日本のファルージャだ』と言われるまで徹底的に抵抗してやります」と語っていました。
めちゃくちゃな弾圧にもめげないで不屈に戦い続ける学生はわれわれの誇りです。「激励集会」では思いっきり激励してやりましょう。
●キャンパスに進撃せよ!
この日、法大当局は「オープンキャンパス」なる企画を行うそうです。飯田橋ラムラと市ヶ谷キャンパスは目と鼻の先ですので、場合によってキャンパスまで進撃します。
「オープンキャンパス」については下記をご覧ください。
http://www.hosei.ac.jp/nyushi/event/open.html#01
2006年6月21日
88.89年法学部学術団体本部代表
90年「全学」バリケードストライキ首謀者
91年学生会館学生連盟理事
K.M
立て看板を出しただけで退学処分になるかもしれない、驚愕した。学生にとって退学処分はある意味「死刑」と同じである。青年期の多感な時期、本を読み、仲間と語らい、社会的矛盾に気がつき、それをどのように解決するか悩み、行動する、そのような機会を奪われるからだ。このような機会を奪われることは、その後の人生に於いても多大な影響を及ぼすであろう。では、彼らがそのような処分を受けるような行為をしたのであろうか。たかだか立て看板を出しただけである。明らかに行為と処分、罪と罰の均衡を失すると言って良いだろう。電柱に広告を貼り付けてはいけないから、貼り付けたらその量刑は死刑、というのと同じである。
しかしはたしてそれだけであろうか。「学生集会規定」、「学生掲示規定」なるものがあるが、この「規定」が実質的具体的に運用されたことがあるのだろうか。私が大学にいた時代、立て看板出すのは勝手、ビラを蒔くのも勝手、ステッカーを貼るのも勝手、集会を開催するのも勝手、集会後学生部にデモをするのも勝手であり、この「規定」が運用されたなど聞いたことがない。また、近々の先輩方に聞いても、数十年前に卒業された先輩方に聞いてもない。更に卒業した後、後輩諸君に聞いてもないのである。要はこの「規則」は運用実績のまるでない「死文」なのである。
本来このような「死文」を根拠に処分を科すこと自体が全く合理性を欠いており、「行為と処分、罪と罰の均衡を失する」と書いたが、それ以前の問題として、処分の必要不可欠性によって根拠付けられる場合でないにもかかわらず、処分に値しない行為を処罰しているのである。行為がないのに処分がある、罪がないのに罰がある、近代以前の発想性である。
大学はそのHPの「法政大学市ケ谷キャンパスにおける一部学生の抗議活動について―法政大学の基本姿勢―」なる文章で次のように語っている、「本学は憲法の定める思想信条の自由や表現の自由の重要性を十分に認識のうえ大学運営を行っております。」と。本来、国家と個人の間にしか適用されない憲法規定の部分を、私人間(この場合は大学と学生)にも適用するのだ、という姿勢があると私は判断した。それであるならば、「死文」をもって処分に値しない行為を処罰した文学部教授会は、本処分を即時白紙撤回すべきである。自ら発した「基本姿勢」なる言動については、自ら責任を持つべきなのである。また、法学部教授会に於いては本来処分に当たらない行為であるのだから、当然のごとく処分すべきではない。
よく悩んで、行動してほしい。「悪は凡庸である」から。
寂しそうなあなたの後ろ姿をみると
先生が語った学生時代の話を思い出す
先生は、学生のころ、この大学で何を思い卒業していったのか
背中に書いてある
今、学生の名前を呼んで、
学生証をみせろ
という先生は
昔のあなたではない
昔のあなたは今のあなたではない
誰もがそうであるように
世の中が悪いのか
先生が悪いのか
神様にしか分からないが
正義の味方を気取っている先生は
あまりかっこよくない
先生はこう言うだろう
僕は正義の味方ではない
仕方なくやっているのだ
僕だって、平林総長は嫌いだ
僕のやったことはルールにもどつくものだ
僕は法政大学をよくするためにやっているんだ
先生の授業で
先生の声を聞くのが好きだった
でも、正直、幻滅しました
来週からは先生の授業に出ません
私の友達も出ないって言ってました
先生は1人や2人の学生が
教室にこなくなっても
大学をやめさせられても
気にならないんだろうけど
私は気になります
たとえどんな思想の持ち主で
たとえどんなことをしていようとも
たとえどんな団体に入っていようとも
仲間は仲間
さようなら先生
永遠にさようなら
「逮捕者延べ37人」という異常事態を迎え、統一OB会にも取材が殺到しています。
そんな中、ジャーナリストの方々から意外な話を聞きました。
この一連の事態に関しては、総長も学生部長も取材拒否をしているそうです。唯一、「広報」が取材に応じているそうですが、「大学のホームページにある通りです」と繰り返すばかりで、「話にならん」とのこと。
ジャーナリストの方々は教授や職員にも片っ端から個別取材をかけているそうですが、厳しい緘口令が敷かれているようで、口を開くものは皆無とか。
教職員のみなさん、いい加減、気づいてください。あなたたちは「弾圧している側」にいるつもりなんでしょうけど、あなたたちの言論の自由も奪われているのですよ。37人の学生を警察に売り渡した人間に、あなたたちは人事権を握られているのですよ。
これって、怖くないんですか?
法政大学統一OB会の同志としての生活も、はや3週間経過しようとしています。ここらで雑感とアピールを。
いきなり私事で恐縮ですが、自分の職業はWebサイト制作のディレクターです。
具体的にどんなことをするかと言えば、企業などのホームページを作ったりするわけですが、制作ディレクターの役割としては、制作全般の進行及び管理ですか。さらにサイトの規模や人手によっては、プランニング、アートディレクション、エディットなどにも首を突っ込むわけです。ここは職業紹介の場ではないので詳細は省きますが、けっこういろんな知識とスキルが必要とされます。
ところが、世の中というのは不思議なもので、上記のようなスキルが一切なくてもWebディレクターはつとまってしまうことが多々あるんですね。この場合に必要な最低のディレクター・スキルとは、客先(発注元)の要望を全くそのままデザイナーやコーダーなどの制作担当者に伝える言語能力です。いや、客先からの指示がEメールでくれば、それを転送するだけでいいのだから、まあメーラー使えればそれでOKか。
で、このような状況で大変な被害を被るのは、ご想像の通り、制作現場の人間です。客先がいくら無理なことを言ってきても、その手のディレクターには判断力が備わっていませんから、そのまま笑顔で安請け合いしてしまいます。しかも殺人的なスケジュールで。
そして、このようなディレクターにかかっても、サイトはしっかりできあがってしまうところがまたイタいわけです(仕事だから当たり前なんですがね)。当然仕上がったサイトはとても悲惨な場合が多いわけで、最終的に被害を被るのはユーザーです。
このようなディレクターは、実はすごく多い。そして、大きな会社に行くほどうじゃうじゃと繁殖しています。大きな会社組織って不思議なもので、こういう人達を必要としているところがあって、組織の存続にも微妙な役割を負っている。
さて、このようなディレクター的職能(?)が、様々な職種・役職にも侵食していることには、もうお気づきの方も多いのでは? 企業しかり、国家しかり、大学しかり。
学生の皆さんのなかには、もしかして、今の社会が整然と半ば完成されたものとして成り立っているように見えている方々もいるかもしれません。しかしそんなことは全然なくて、現代社会は、この手の無責任なディレクター達が好き放題やっているかなりの滅茶苦茶し放題から出来上がっているわけです。
じゃないと、たて看板出しただけで「逮捕だ!」なんて、誰も思いつかないよ。
今年に入って逮捕者は37人。なんなんだろうね、この数字。別に火炎瓶を投げたわけでも、ハイジャックをやったわけでもなく、立て看を出したり、ビラをまいたりしているだけなのに。思いつめちゃうよな。
で、もっと思いつめちゃうのが、弾圧のやり方。15日の逮捕劇もそうだったけど、逮捕の5秒後には何の痕跡も残ってないんだよね。だから、5秒遅れてその場に来た人には何が起きたかわからない。だから、「おいおい、なんだよ、いまのはよー」と騒いでいる人がただの「変な人」にみえる。
おれはここにファシズムの真骨頂を見た。こうやってわれわれはいっさいの共同性を奪われていくのである。
本当に思いつめちゃうよ。
思いつめた法大生は何をするかわからんぞ。法大生の中には「東アジア反日武装戦線の後輩」であることに誇りをもっているやつが常に少なからず存在するのだから。
法大生を追い詰めてはいけません。私はそう提言します。
今朝の逮捕劇について、統一OB会メンバーが聞いて回ってきたところ、「キャンパスにいる学生を外から入ってきた公安が逮捕した」というは誤りで、「4人の学生が裏門からキャンパスに入り、ビラ情宣の準備のためボアソナールタワーの「拠点」に向かうと、いらっしゃい、とばかりに20数名の公安が待っていた」というのが真相のようです。ようするに、学内で公安が待ち伏せしていたというわけです。
いったいこれはなんなのか。なんで学内に公安がいたのか。大学が招待したのか、それとも公安が不法侵入したのか。
われわれ統一OB会は、さっそく卒業生の窓口である広報・公聴担当の松井課長を訪ね、事実関係を明らかにするよう申し入れてきました。
今朝8時40分、法大市ヶ谷キャンパスでビラ配りの準備をしていた学生4名が、キャンパスに突入してきた警察官に不当逮捕されました。詳しい状況はわかっていませんが、警官は20名ほどいたようです。いったいどうなっているんでしょうか? 詳細がわかり次第また続報を入れます。
訂正:
先ほど逮捕者3名とお伝えしましたが、4名という続報がありました。
またしても弾圧か! まったくヒドいものだ。動画を見たけど、 私服が直接、学生を持ってってるじゃない? あれは露骨に「反則」だ よね。狙い撃ちなのかな?
たしか1984年、ぼくたち「風の旅団」のテントが破壊されたときは、ヒステリックな「警告」が繰り返されて、機動隊の動員から全学ロックアウトが宣告されてやられたんだよね(つまり、誰も入れない、 その意味では、選別なしの「平場の弾圧」ではあった)。
ところが今回は、立て看撤去も含めて、みんなもいうように、姑息というか、手順を踏んでないというか、命令に従順なガードマン的振る舞いという感じ。
まあ、国家権力にしてみれば、行政サービスをどんどん切り売りして(民営化)、気がついてみれば管理と弾圧しか仕事が残ってない、という本質まるだしの行為なのだけど、大学はどうなっているのだろう? なにをそんなにビビっているんだろう? 国立大も民営化されたし、産学(軍)協同あたりまえで、資本の目がよっぽど気になるのかなあ? 誰がこの「ガードマン」に命令をくだしてるんだろう? それとも、 ブッシュの忠犬ポチのそのまた忠犬ポチになりたくて、自分で首輪に紐をつけてるのかしらん? あ、法政の場合、裏にヤスクニなんてのがあるから、よけいに頑張っちゃうんだろうか?
とにもかくにも、あらゆる弾圧には断固、反対します、例外なしに。
大変遅くなりましたが、6月11日に行なわれた第五回塩見塾の報告をいたします。
当日は雨が降るという条件の悪い中80名ほどの方に来ていただけました。
統一OB会の中川と被逮捕者の一人である友部君がこのイベントに
出演者として参加いたしました。
開催日翌日に退学処分が決定するかもしれないという中でも、
友部君は当時の状況や現在の状況を元気に語ってくれました。
我々統一OB会も当事者が精神的に追い込まれていないか
心配していましたので、安心しました。
友部君は「僕は卒業したい」とも訴えていました。
至極真っ当な思いであるのもかかわらず現在の状況では、
どうなるかわからない彼の願いに、多くの人が心を打たれていました。
*その後12日の法学部教授会が処分保留にしたのはご承知の通りです。
彼の素朴な思いを達成してもらうためにも、
26日の法学部教授会までの出来る事をしなくてはいけません
●6月19日(月)
正門前ビラ情宣
時間:12:00から13:30
平均年齢30歳台を狙っています。若い同志、ぜひ、ご参集ください。
●6月25日(日)
「5人の後輩を励ます集い」(略称「激励集会」)
時間:13:00から17:00
場所:飯田橋ラムラ(新宿区神楽河岸1-1 セントラルプラザ)10階
●6月26日(月)
正門前ビラ情宣
時間:12:00から13:30
この日、法学部教授会がいよいよ「処分」を決定します。(この間、法教は3回、処分の決定を先送りにしてきましたが、7月から前期試験に入るので、本当の本当にこの日に決めるでしょう)
3・14以降、底流としてはもっと前から起こっていたことが、6・15で一気に噴出したような感じだ。
腕章を付けていれば学生をいくらでも従わせることが出来ると思っている教職員。そして、教員の命令に従順に従う学生。誰一人として反抗しようとしない。反抗するものがいたとしても僅かである。トップダウンで全てが決まって行く。学生はそもそも批判的精神を喪失したか、為す術を知らぬまま事態は進行してゆく。そもそも教職員の給与は学費から捻出されているにも関わらずだ。
必要なものが改めて明確になった。当局の行動一切を監視、点検し、批判も出来る当局が相手をせざるを得ない組織だ。90年代前半までそれは存在していた。そう、学生自治会だ。教授会の勝手な理屈で非公認化された学生自治会を全学的なものとして復活させることが急務だ。批判精神を涵養するためにも、当局に対する要求を通すための水路を作り上げるためにも。
法政の運動は激務だ。数々の良き活動家が消えていったのを見ている。正負両面のあらゆる記憶を現役の学生諸君に伝えなければならない。疲弊した戦士の良き聞き役となり、サポートする役目をOBの義務としなければならないと今は思っている。
しかしその前に、我々の前には乗り越えねばならないことがある。まず奪われた4名の学友の奪還だ。そして文、法学部両教授会によって加えられた不当な処分の撤回。その上で、立て看とビラに対する一切の禁止令の撤回だ。
覚えておくがいい、学生弾圧に加担した教職員ども。このまま安穏としていられると思ったら大間違いだ。法政は、首都圏学生運動の不抜の拠点であり続ける。
今日の法大市ヶ谷キャンパスは、まさに厳戒態勢。正門以外の門は閉ざされ、正門前のキャンパスには「検問所」が設けられ、そこで学生証を提示しないと中には入れないという状態でした。
そんなことをすれば、当然、学生は反発します。
で、案の定、「何で学生証を見せないといけないんだ」といって学生証の掲示を拒否した学生(法学部の大学院生)がいました。
「授業を受けに来たんだ。入れろ」という学生、「学生証を掲示しないものはダメだ」という教職員。そんな押し問答が何分か続き、一時、検問所は騒然としました。
そこに、その学生の名前を呼びながら登場したのが法学部の武藤教授です。
武藤教授がその学生の名前を呼んでいる姿を見て、私たちはホッとしました。「ああ、武藤さんは、『彼は本当に法政の学生だ』ということを証明するために出てきてくれたんだ」と思ったからです。
普通、そう思いますよ。だって、大学当局は「不審者の侵入をチェックする」という理由で検問所を設けているわけですから、その人物のことを知っている当局者が「彼は不審者ではない。法政の学生だ」といえば、わざわざ学生証のチェックなんてしなくてすむわけですから。
ところが、その後の展開は私たちの想像を超える方向に向かいました。
なんと武藤教授は、その学生に向かってこう言ったのです。
「おい、○○(学生の名前)、学生証を掲示しろ。大学が決めたことに従えないなら、大学を辞めろ」
武藤教授はおそらく、こう思っているんでしょう。
「『不審者のチェック』というのはタテマエだ。『学生証の提示』は大学の言うことに従うのか従わないのかの『踏み絵』なんだ」と。
法学部の先生方、武藤さんは個人的にそう思っているだけですよね?
武藤さんは何か勘違いをしているんですよね?
まさかこれが法学部教授会の総意じゃないですよね?
それにしても、武藤さんのような人権感覚の持ち主に、なんで「法学部の教授」がつとまるのか、私たちOBには、今の法大がほんと理解できんわ。
本日9時20分頃、法大当局が行っている検問体制(40名の教職員で正門を封鎖し、学生証を掲示しないものは暴力的に排除するという、ひどいもの)を批判するビラを配っていた学生4名が不当逮捕されました。
その場に立ち会った統一OB会のメンバーの話では「ビラ配りをしていた学生にそそそーと30代後半くらいのおっさんが2人ほど近づいてきました。私はそれを見て、ああ、ビラをもらいにきたんだろうな、と思ったのですが、そのおっさんたちは、いきなり学生の腕をつかむと、その場に急停車した車に押し込み、すばやく走り去りました。はじめは拉致事件かと思ったんだけど、あれ、逮捕だったんだね。いやあ、びっくりだよ」というような状況だったそうです。
そんなわけで、「容疑」「罪状」はよくわかりません。
逮捕現場を統一OB会のメンバーと目撃した学生は「南米の独裁国家を舞台にした映画を見ているみたい」という感想を語っていたそうですが、まさに、そんな感じだったようです。
「もはや愛しもせねば、迷いもせぬものは、埋葬してもらうがいい」とゲーテは語っています。学生を愛するかわりに退学にし、大学のありかたを問うための立て看を撤去して、それに反対する学生を追い出し、もう悩みも迷いもなくなってめでたしめでたしということですね。法政大学の敷地には碑だけ残して、あとは葬ってしまいなさい。
○人格育成は大学の責務である
ふだん、教職員諸氏は、学生の人格育成に熱心にかかわっているはずです(少なくともそうありたいと願っているはずです)。学生の内面、良心、思想、といったものを尊重し、かつ学術的な議論を通して、語り合いたいと思っているはずです。平林総長が「個々人が自立した人格として、力強く活躍しうる人材」を要請するとHPで語っていますが、これを文字通り読めば、学生の人格を尊重し育てるのは大学の教育機関としての責務でしょう。立て看を撤去することに反対した学生の行動を否定して退学処分にしようとするのは、彼の人格を育てるという観点からは全く逆のことでしょう。
○郊外移転に反対した学生たちは評価されるべきだ
1970年代から大学は都心を出て郊外に移転をしました。その結果、どうなりましたか?地方都市では市街地の空洞化につながり、大学生は都市との関係を薄め、理工系はいざしらず、社会科学系は教育・研究の場として大きな打撃を受けました。周知の通り、90年代になって規制緩和となり、都心回帰の現象が続いています。70年代から80年代の郊外移転は、現在考えると、少なくともベストの選択肢ではなかったはずですし、普通に考えれば「誤った政策判断」です。にもかかわらず、当時の大学は、学生の思想と行動を怖がって、移転を行ってしまいました。それに反対していた当時の学生諸君は、今、40代、50代の年齢を迎えていると思いますが、彼らに(少なくともかなりの程度)理があったことは、時代が証明しています。
○育てやすい学生を育てたいのか?
私に言わせれば、立て看の撤去も、パターンは同じことなのです。移転と立て看とは話のレベルが異なる、と思う前に次のことについて考えてみてください。学生に制限つきのスペースを与えて、そこで思想と行動を封じ込める。許可のないものは掲示させない。こういうことを続けると、学生は、大学やら教員の手のかからない学生であるふりをして、教員ウケのよい学生ばかりになる(あるいはそういうふりをする)でしょう。しかしそういう学生を量産したいのですか?上に述べた総長の言葉とは違うような気がします。
○教員の社会的責任
どんな教員だって、学生に批判されるのはかないません。名誉欲の強い大学教員や自称エリート大学の教員であればなおさらです。しかしこれまで、大学教員には社会的責任と学生への責任を有するという気概があったのではないですか。そのため、学生からの批判なり学外社会からの批判なりを堂々と受け止めていたのではないのですか?
それにもかかわらず、立て看を撤去して学生の意見表明の場を奪うというのは、自らの責任を放棄し、自分たちが一方的に制定したルールの名のもとに、自分の保身を優先し、自由な言論の空間をなくすことになりませんか?そして学生の隠れた不満は、大学の予想もしないような形で、爆発するかもしれませんよ。
○「綺麗好き」の教員へ
立て看の撤去を支持している教員には、ひょっとしたら「綺麗好き」だと自身を定義づけている人々もいるでしょう。何を美しいと思うかは人それぞれですが、立て看に書いている文字の内容ではなく、デザイン自体が気に入らないのかもしれません。こう考える人たちを「美観重視派」と呼ぶことにします。実は、意外にも「美観重視派」は大学で増殖しています。彼等もまたテレビ世代であり、見た目の効果を重視しているのです。彼等は、トイレの落書きと立て看を同列視しているのでしょう。
○裸の王様の服は綺麗だ
そして彼等は、自分の勤める大学の写真うつりが悪いことに引け目をもっているに違いありません。古くさい建物をつぶして、ピカピカの建物を目立つところにたてて、入試パンフに載せて、受験生に幻影を信じ込ませ、受験生がふえて、偏差値もあがれば、万々歳なのでしょう。確かに、そうすると多くの受験生はだまされます。
裸の王様が自分では綺麗な服をまとっていると錯覚していたとき、最初にそれに疑いをもったのは誰ですか?美観重視派の人たちは、最後の最後の疑いの声を発する喉に手をおしあてて、窒息死させようとしているのですよ。
○学生の心理的苦痛
しかし、実際に入学した学生たちにとって、逃げ場も批判空間もないところで4年間過ごすというのは、たいへん苦痛なことだと思います。出席管理が厳しい時代、教室で90分の授業を退屈しながらもきいて、短い休み時間でほっと一息つくような、サラリーマンのような学生を既に量産しているのです。教員が知っているのは、せいぜいゼミで学生と話しているところまでです。彼等の本音―教員への悪口陰口や本質的批判―は、ネットでしかみられなくなるでしょう。今時の受験生はネットでの情報を重視しているので、受験生はどう思うでしょうか。
法政大学でも授業評価を実施していると思いますが、授業評価の項目ではまかないきれないことのほうが学生には多いのです。こうした実態を無視して「学生の本分」という言葉を持ち出すのなら、「教員の本分」も持ち出して議論してほしいものです。
○大学の真価
ある国のことわざに「家は構えではなく、ピローグで美しい」というものがあります。ピローグは肉などをいれた揚饅頭だそうです(ピロシキとは違うようですが、私にはよく分かりません)。すなわち、家の構えはどうでも、客に対するもてなしぶりでその家の真価が測られるという意味です。食堂をよくしろ、という意味ではありません。少なくとも4年間、一人一人の学生をちゃんともてなしなさい、という意味です。
ともあれ、学生の意見表明のスペースをなくすのは、過去の移転と同じように、20年後、30年後に歴史の断罪を受けることになると、私は予想します。少なくとも、撤去に反対した学生を退学処分にするというのは、法政大学の名に汚点を残すことになるでしょう。
○立て看はともかくとしても
いくら私が語ったところで、立て看自体の設置をどう思うか、学生の権利なのか大学の管理責任?なのか、この点についてはずっと論争は続くでしょう。しかし、いずれの立場にせよ、これに関わった学生を退学にするという最終手段をとってはいけません。
諸氏の中にも労働組合があるはずです。学生の意見表明はだめなのに、組合の意見表明は正統性があるのですか?労使協調であれ対立路線であれ、組合はつぶされないという自信があるのでしょうが、この先、どうなるものやら分かりません。そうすると、諸氏の中でも、教授会などの会議で総長を批判しただけで「ルール違反」とされて、減給、停職、はては退職においこまれないとも限りません(実際にそういう大学が既にあることは承知の通りです)。組合員にせよ非組合員にせよ、自分の保身を考えないわけにはいかないでしょうが、自らの将来の地位の正当な安定のためにも、学生との連帯を模索すべきでしょう。昨年、法政の学生会館がなくなったとき、教員諸氏は、自分の研究室が大学からなくなる日のことを想像しましたか?
○罪刑法定主義の欠如?
北朝鮮の刑法では、金日成を誹謗した落書きをしただけで死刑です。北朝鮮は、一般的には法治国家とみなされていませんが、条文があるだけでも、形式的には罪刑法定主義です。ひるがえって、法政大学における今回の学生への退学処分は、どのような罪と罰の方程式で決まったのですか。前例があったのですか。それとも、他の妥当な論拠があるのですか。会議ではどのような議論があったのですか。アカウンタビリティと透明性の原則に基づいて、こうしたことは全て公開されるべきです。
私の勝手な想像ですが、法政大学には、こういう罪であればこういう罰に相当する、という明文規定はないのではないですか?そして今回のケースのような前例はないのではないですか? すなわち、罪刑法定主義の思想は今回の処分については存在しないのではないですか?
にもかかわらず、新たな基準や前例をつくるのなら、それは在学生にも意見をちゃんと聞くべきでしょう。なんといっても全ての法政大学の学生は、処分の対象になりうるのです。何をしたら退学になり、何をしたらならないか、異議申し立てはできるのか、今回のことを契機に、そういった点を全ての学生に説明しておかねばなりません。そうでなければ、北朝鮮よりもお粗末な非人道的な組織だと噂されるでしょう(国家と大学とは組織原理が違う、と弁解するでしょうが、教職員諸氏もいつか不当な懲戒処分になったとき、どうしますか?どうしてそれは「不当」なのですか?諸氏は、労働法で身分を一定保障されていますが、学生は民事裁判をおこすしかないのです)。
○最後に
「人は自分の石で家を建てねばならぬ」とは北欧の諺です。法政大学には、「自分の石」、すなわち法政なりの気概と建学の精神があったはずです。雑駁にいえば、法政は、知識人には左翼、大衆にはスポーツが売りの大学だったのではないですか(この二つは、ある時は調和し、ある時はせめぎあっていましたが)。それなのに、元気な学生や左翼っぽい学生や左翼学生(自称、他称)を追い出してしまって、法政大学は冷戦が終わったのですね。まさに「歴史の終わり」ですね。
自分の石のかわりに、他人のふんどし―COEや大型科研費や企業からの研究資金―をどんどんとって、他の大学と変わらないような研究の「楽園」をつくってください。生き残り競争に勝ち抜いて、校友会や父母のウケをねらってください。学生は敏感ですよ。何を言えばよく、何がタブーか、彼等は教員よりも心得ています。彼等は教員の期待と指示通りに歩き、話し、成否はともかく就職・進学しようとするでしょう。そして卒業してから思うのです―対立のない静かで美観のキャンパスにいるときにはだまされていたけれども、何が自分に残ったかを自問するのです。
私のお店にも法政大の女の子がいますけど、みんな、退学処分に怒っています。若い人をいじめる大人なんて最低!そういう男性を好きになる女性は絶対にいません。
中核派さん、黒ヘルさん、私のスタッフの女の子は、みんな、あなたたちを応援しています。がんばってね。
OBのみなさんもがんばってください。後輩のために戦う男性は、若い女性にもモテますよ。
●藤夏子さんの本
「銀座ママの本音 男性からお金を引き出す方法」(河出書房新社)
●藤夏子さんのプロフィール
1965年東京生まれ。現在はクラブ、パブ、スナックなど合計11店の経営者。趣味はゴルフ。特技は料理とカンツォーネ。
先ほど当該学生から連絡がありました。
法学部教授会は、またしても処分の決定を先送りにしたようです(これで3回目)。
この「先送り」にはいろいろな見方があると思いますが、「こんなんで退学処分にしたら末代までの恥だよ。でも、処分なしにしたら総長・理事会に睨まれて冷や飯を食うことになる。ああ、困ったな」といったところなんじゃないでしょうか。
法学部の先生方は「私たちだって、あんな連中は退学にしたいんですけど、こんなに反対が多いんじゃ、無理ですよ。処分なしにしたのはしょうがなかったんです。安東さんがもっとうまくやってくれればよかったんです」と言える状況ができるのを待っているんだと思います。
ならば、そういう状況をつくってあげましょう。
それにしても文学部教授会は結論を急ぎすぎましたね。
法学部教授会が「処分なし」と決める前に退学処分を撤回しないと、かっこわるいぞ!
すべての学友諸君、および市民のみなさん、本日、12時から1時30分にかけて、統一OB会は法政大学市ヶ谷キャンパス正門前において第2波ビラ情宣を敢行しました。
いやあ、驚きました。ビラのはけること、はけること。情宣の後、集約したところ、学生の手に渡ったビラはなんと200枚!(「主催者発表」じゃないぞ。実数だぞ!)
学生のこの問題に対する関心の高さ、強さを肌で感じてきました。
●6名のOBが決起!
当初、本日の情宣戦は4名で予定されていましたが、「OB会のブログを見て駆けつけた」という学友、「昼休みなんで来てみたよ」という学友の飛び入り決起があり、部隊は6名に膨れあがりました。
この「6名」という数字は外堀公園の木陰からキャンパスを監視している公安の人数を上回る数字です。これは勝利といっていいでしょう。
●学生との距離がさらに縮まる!
また、情宣の後、確認したところ、本日決起した6名のOBの平均年齢は40.7歳。前回の部隊の平均年齢は42.7歳でしたから、2歳、若返ったことになります。
学生とわれわれはこれでまた一歩近づいたといえるでしょう。
●多くの職員がわれわれに共感!
市ヶ谷キャンパスで部隊が情宣を展開する中、遠坂同志、中川同志の2名は学生部近藤課長とともに九段校舎(こんな校舎があるなんて知りませんでした)に赴き、広報・広聴担当(ここが卒業生の窓口なんだそうです)の松井課長との面談を勝ち取りました。
「いくらなんでも退学はひどい。邪魔だから排除するっていうのは教育機関のやるこっちゃない。今回の事件でOBはみんな傷ついている」という両同志の訴えに反論するものは一人としてなく、「ほんとだよね、ひどいよね。君たちの気持ちはよくわかるよ。おれたちだって同じだよ」との声がキャンパスに充満していることを肌で感じてきました。
また、学生部近藤課長からは「昔と違って、今の学生部には副部長っていうポストがあるんだけど、その一人が法学部の教授だから、その先生には私のほうからビラを渡しておきます」との約束を勝ち取りました。
●また、やるぞ!
ともかく、本日はいろいろありましたが、情宣戦はトラブルもなく、和やかに貫徹されました。
集約の会議では「ビラ配りするのは20年ぶりだけど、楽しいね」「こんにちはーって声を出してビラを配るのは健康にいいな」「最新のファッションがよくわかって勉強になるな」などの声が湧き上がり、われわれは「また、やろうぜ」と誓い合いました。
みなさんもぜひ、ご参加ください。
6月12日(月)、法学部の当該学生2名に対する「処分」の決定が予定されています。
法学部教授会が行われる当日の昼休み、
統一OB会は第2波正門前情宣を行います。
職場が近くの方、仕事のない方、とにかく何かしたいという方、
市ヶ谷キャンパス正門前に結集してください。
日時:6月12日(月) 12時頃から1時半頃まで
場所:法政大学市ヶ谷キャンパス正門前
みなさんこんにちは、85年文学部哲学科入学の長橋です。
(人生いろいろあるもので)法大在学中は考えもしなかったことですが、生来街暮らしの私が、数年前に自分ちの庭をシカやイノシシが往来するような山里に引越しまして、仕事も山の中で林業と、今やすっかり街場の喧騒から遠のいた生活を日々送っております。正直自分が法大に在学していたこと自体も忘れかけておりました。新聞くらいは読みますが、テレビは映らないし、一昔前ならば今回の法大の事件のことも知らずにいたことでしょう。ところが今は便利なインターネットというものがありますから、知るとはなしに一連の不当な弾圧の過程も知ることになりました。3月の警官200人学内導入、学生29人逮捕、理由はなんと「立て看」を出すの出さないのという瑣末な内容。それだけでも呆れるのに、今度は文学部教授会の学生3人に対する「退学」決定。たかだか、「立て看」ごときでそこまでするかー。一体全体法大はどうなっているんだ?
(人生捨てたもんじゃないと思うのは、)こんな私でも結婚して子供をもうけたことです。やはり子を持つ親としては、子供の将来に対して責任を感じるわけです。でも最近新聞読んでてもロクでもないことばかりですよね。共謀罪だの、憲法改悪だの、児童虐待は絶えないし。今回の法大の事件もなんかそういうものと無関係ではないような気がしてとてもヤバイ感じがします。
「3.14法大弾圧を許さない法大生の会」のブログで、当該学生の実名入りの看板や、その他の立ち入り禁止の看板で一杯に覆い尽くされた法大の写真を見ましたよ。まったく嘆かわしい光景です。そう言えば、まだ学館の建物があった2年前、(できれば街場にはあまり近づきたくないのだけど止むを得ない用があったので)駿河台から神保町に下っていく時、明治大学の校舎をふと眺めたら今の法大と同じような学生実名入りの立ち入り禁止看板があったな。早稲田でもビラ撒いたら逮捕されたと聞くし。ああなるほどね。今回の法大の開いた口が塞がらないほどのでたらめなやり方というのも、そういう流れの一環なんですね。
今久しぶりに自分自身が法大に在学中だったことを思い起こすと、法大では(特に学生会館では)、まあ実にいろんな人々と出会いましたね。政治的な潮流や、音楽や演劇などの文化的なことに熱中する人や、もちろん学問を熱心にやる人達もいたし、障害者などそれまでの自分の人生になかった問題意識を突きつけられたりもしました。
学館のトイレに、車イスを使用する人も使えるトイレを当該の障害者と一緒に試行錯誤で設置したり、しまいには自らセメント捏ねて左官屋さんの真似事をしてサークルBOXの入り口の段差にスロープをこさえたりしていた(これは結局中途半端に終わってしまってすみません)。
何を言いたいかというと、結局今の法大当局者がやっていることは、私が法大で経験したようないろんな人や潮流との出会いを、学生から奪うことにつながりませんか?ということです。なにしろ何度も言いますが、たかだか「立て看」ひとつで、大学の意にそぐわない者は退学ですから、こんな場所にいろんな意見を持った人や潮流などが集まってくるとは思えないのです。
あとついでだから言っときますが、林業の世界では例えばヒノキなどの造林でも昔ならヒノキ以外の樹種は全て育林の過程で伐ってしまって、ヒノキ純林を作ってましたが、そういう単一樹種の山はとかく保土力に欠けて災害に弱い山になってしまう。それで最近は、有用な広葉樹も所々残してなるべく自然林に近い山の姿で造林していこうというのが提唱されてます。
ちょっと例えが強引かもしれなませんが法大当局のやろうとしていることは、ヒノキ純林を作ろうとしていることではありませんか?「純林」は災害に弱いですよ。雑木も残しておいて下さい。
林業では今やってることの結果が出るのは50年、100年先のこと。
大学だって同じことですよね。
最後に付け加えておきます。当「統一OB会」の公式声明文に、「ジャン・ポール・サルトルの親友であられた矢内原伊作先生、カント研究の第一人者であられた濱田義文先生、田中美知太郎の一番弟子を自認されていた加来彰俊先生らに対する尊敬の念を失わなかった。」云々とありますが、私の場合も確かにそう思っておりました。ですから、さらに「学生は諸君らの<せこさ>に呆れている。」というようなことがあるのだとしたらまったく残念なことです。なぜなら最近つくづく思うのは学生会館で活動するのと同じくらいに、授業もちゃんと受けて勉強しとけば良かったなということだからです。
ともかく、
文学部教授会の先生方におかれましては、今回のでたらめな「退学」処分を撤回されるよう、法学部教授会におかれましては、なにとぞ正しい判断をされるようお願いします。
この間、法学部教授会は、同学部の当該学生2名に対する「処分」の決定を2回に渡って先送りにしてきましたが、来週月曜日(12日)に開かれる臨時教授会で、いよいよ「処分」を決定するそうです。
明日(11日)、新宿のロフトプラスワンで行われるイベントでは、法学部の当該学生と統一OB会の同志が、逮捕、処分への怒り、教授会を前にしての心境、最悪の結論が出た場合の覚悟、決意をぶちまけます。
当該学生は黒ヘル・白衣の正装で登場する予定です。このスタイルに誇りを持つすべてのOBはロフトプラスワンに結集し、世代を超えた結束を勝ち取りましょう。ぜひ、ご来場ください。
<日時>
6月11日(日) Open 12:30 / Start 13:00 / End 17:00
当該学生とOBは、本イベントの2部「弾圧」に出演します。
<場所>
新宿ロフトプラスワン 地図
●「意見表明で退学」なんて考えられない
今回の学生への退学処分を知ってその動きを見ておりました。
まず学生諸君への退学処分ですが、言い訳ともとれる内容を書き連ねておりますが、意見表明したくらいで退学にするのは考えられない。大学名での掲示の内容を見ても枝葉のことばかりであんなことホームページで世界中に発信して恥ずかしくないのかという気持ちになります。
●「学生の意見表明は自由」が原則
それと、僕らが在学したころにはあった大学の懐の深さというか、学生の意見表明は自由であるという原則ありましたし、それが当たり前だと思う。また、法政大学自身にもそれは感じられました。
学生が卒業して入れ替わる度に小出しにルールを変えて気付いたら意見表明も大学の許可を得たものという、こんなところに学問の発展はあるのか、疑問です。ほんと法政大学はどうなってしまったんでしょうか?
●卒業生は「裏切られた」と感じている
今回の大学名での内容を読むと、学生と父母向けの内容になっていました。僕たち卒業生にはどのような説明も行っていませんがどういうことでしょうか?
まさか、今学費を払ってもらっている学生(父母)をお客さんとしてみて卒業生は無視ですかねえ。法政大学をよ~く知っているのは卒業生ですし、大学を卒業して誇りに思う僕からすると、後を引き継いだ法政大学のうち教授会がその後変節してしまった感じを受けます。裏切られた感じです。
●教育機関としての責任を果たせ!
大学教授になったんだから学生を相手にするのは当たり前ですよ。僕は法政大学を卒業できたことに感謝していますよ。だけど、今回のはやりすぎです。教授会の皆様、その人の人生の一時期を引き受けて入学させたのだから、教育機関として責任があります。今回の退学処分なんで撤回してください。その後、学生との話し合いをしてください。
また、教職員で今回のやり方を出過ぎたと思う方々、是非内部からも退学はやり過ぎという世論を高めてください。
いやー、法政もとんでもない事になってきたね!!あれよあれよという間に、ビラや立て看やらの規制をもくろみはじめ、挙句の果てには法政の抱える最強の文化=学館をもぶち壊してしまった!少子化で「生き残りの時代」とか言ってるわりに自分の首を絞めるようなマヌケなことをやってやがる!法政のいいところから順番に無くしていくとは、なに考えてんだ!
・・・と思ってたところに!最近、法大で立て看規制に反対するデモをやっただけで、29人も捕まるという、とんでもない事態が起こった!!なんだそりゃ!?おい、そんなの微罪も微罪、っていうか罪でも何でもねえじゃねえか!案の定、すぐに不起訴で釈放されたのに、大学はその学生たちを退学処分にしようなんて、まったく、なに考えてんだ!?
●おれは有罪になってから退学になったぞ!
ちなみに、自分も在学中はそうとうロクでもないことをしでかして、処分をくらいまくってた。法政の貧乏くささを守る会で、キャンパスの一角(ピロティ下)を占拠し、数週間コタツ・テレビ・鍋・酒などをひたすら持ち込んで住み着いたり、キャンパスでビアガーデン集会をやって、暴徒化した群衆を率いて総長室に攻め込んだりしてもようやく「譴責」や「停学1ヶ月」(腹立ったから期間中の1ヶ月間は毎日大学に行ってやった!)。その後、法大総長らの悪だくみシンポジウムを叩き潰して、逮捕され、有罪になってから退学処分になった。もちろん、これらの処分も全部不当極まりないことなんだが、最近の法大当局はさらに狭量になってきてるんじゃないか?
●「学生の本分」を決めるのは学生だ!
そもそも、大学とは学生がなにかを学んだり研究したり、いろいろ模索したり出来る場所だ。ってことは、本来は学生がメインであり、学問のために先生達を招き、事務作業を円滑にするために職員を雇った。・・・が、今は全く逆になっていて、大学のボスのはずの学生がなんだかんだと当局から縛られていて、窮屈になっている。挙句の果てには、大学当局のほうが勝手に理想の学生像を作り上げて、それを押し付けてきやがる。おい!逆だ、逆だ!
大学当局はよく、「学生の本分に反するから」とかいう理由で学生を処分するが、あの連中に「学生の本分」なんか決められる筋合いなんかねえよ、まったく。
●集まれ!騒げ!今こそ母校を救え!
自分はOBという立場だが、法政大学という場所は自分にとって相当いい影響を与えた!法政のおかげでいまのびのびと暮らしているといっても過言じゃない。法政は何でもアリで混沌としている大学だったから、こんな大学にしばらくいたら、世の中に出てもちょっとやそっとの事が起こっても動じないくらいにはなってしまう。世の中にクセ者を輩出しまくってきた日本一の大学=法政が、くだらないイカサマ大学になってしまったら、世の中面白くもなんともなくなるぞ!社会にとって大損失だ!それに、そもそも法政は貧乏くさいマヌケな大学なんだから、国家や社会に迎合するようなアホ大学のマネなんかしたってムダ!ちゃんと法政のいいところを守れば余裕で世界一の大学になるんだから。
やいやい諸君!学生もOBも集まれ集まれ!騒ぎだ騒ぎだ!今こそ母校=法政を救うしかないぞ!
6・11第5回塩見塾
「共謀罪、弾圧、九条改憲阻止・60年安保・樺美智子さん追善・6・15国会デモ」
現局面を如何に捉えるか!
本イベント「2部 弾圧」に、当該学生と文学部哲学科OBが出演します。
<日時>
6月11日(日) Open 12:30 / Start 13:00 / End 17:00
<場所>
新宿ロフトプラスワン 地図
<プログラム>
■1部 共謀罪
【Guest】雨宮処凛(作家)、海渡雄一(弁護士/交渉中)、井形和彦(社会運動家)、
早見慶子(作家)、細木悟(社会運動家)
■2部 弾圧
【Guest】「自由と生存のメーデー」で不当逮捕され完全黙秘した渋谷〇〇号Yさん、
友部博文(3・14被弾圧者)、中川文人(会社社長)、矢部さん(予定)、
キム・カンジさん(元赤軍兵士)
■3部 九条改憲阻止、樺美智子さん追悼46周年6・15国会デモに向けて
【Guest】飛鳥浩二郎(関西ブント創設者・議長、第二次ブント政治局員/交渉中)、
塩川喜信(革命理論家/交渉中)、
望月彰(「タンポポ社」メンバー/予定)、
三上治(味岡修)(元叛旗派指導者)、
谷口末廣(「不戦兵士・市民の会」で」活躍85歳の戦場体験保持者)、
黒田憲(詩人、文芸家、連合赤軍問題研究家)
表現を 規制すると 当局いい
たてかん消えて 掲示現わる
サラリーマンと運動の両立を思いて詠める
OBの情宣成功 報を受け
我参加できず ひとり酒飲む
当局の掲示を見て詠める
まことの名 知りて我は驚愕す
あすの呼びかけ しばし考う
遠坂さんとは、イラク反戦運動過程で少しだけ会話をさせてもらったことがあります。私も2003年卒業の法大オービーでもあり一文連・自治会オービーですから、この陣形に参加させてもらおうと思います。
実は、この法大弾圧以前、私に対する経済的圧迫と精神的嫌がらせとしかいえない露骨な攻撃を公安警察から受けております。なんと、私の実家が経営する店舗の目の前に、Nシステムを公安警察がつけやがったのです。これはインターネット活動をおもにブログ(日帝批判と改憲阻止のブログです)などで展開してきた私に対する公安の嫌がらせそのものだということです。ですから、余計に公安の攻撃や、大学当局の対応に激しい憤りがあります。私も法大学生会館の最後の世代として、「闘う文化」を闘ってきた一人として、法政大学統一OB会に賛同したいと思います。
学生さんのブログを見ました。
http://hosei29.noblog.net/blog/10200835.html
タテカンを規制するために、弾圧を強化し、その結果、当局の掲示がどんどん増殖する。
このままだと法大は掲示だらけの大学になるでしょう。当局にはこの誤りに早く気付いてほしいです。
70年代法大生の激烈な戦いを記録した『鉄柵解体』などの貴重なフィルムが行方不明になっているそうです。若き「闘う文化」の継承者たちが探しています。
心当たりのある方は下記までご連絡ください。
united_ob2006@yahoo.co.jp
(アットマークを小文字変換してください)
「カンパをしたい」という声がいくつか届いております。
法政大学統一OB会へのカンパは下記口座までお願いいたします。
みずほ銀行
渋谷支店(店番号 210)
普通口座 2714497
口座名 ナカガワフミト
振り込みの際は口座主が「あ、OB会へのカンパだ」とわかるよう、
必ず「OBカイヘノカンパダヨ」と明記してください。
また、メールアドレスも取得いたしました。
カンパを振り込んだ際はこちらのアドレスにも知らせてくれるとうれしいです。
(統一OB会宛のメールは中川以外の人間も読みます)
メールアドレスは、
united_ob2006@yahoo.co.jpです。
(アットマークを小文字変換してください)
檄文などもこちらのメールアドレスまで。
よろしくお願いいたします。
本日(6月5日)、午前8時30分から10時にかけて法大市ヶ谷キャンパス正門前にて、統一OB会代表の遠坂同志、中川同志、K同志(法学術OB)の3名による圧倒的な情宣戦が勝ち取られた。
その中で「やあ、遠坂君、中川君。ひさしぶり。あれ、K君じゃないか。君のことも知ってるよ」と挨拶に出てきた学生部職員との激烈(?)な討論も勝ち取った。
討論の中でわれわれは安東学生部長との会見、文学部教授会との会見を申し入れた。そして、「OBのみんなが大学のことをこんなに心配してくれるなんてうれしい。OBのみなさんの意向は学生部長に伝えます」との返事を勝ち取った。
われわれはこの間の状況から「厳しい弾圧」を予想し、それなりの備えもしていたのだが、大きなトラブルはなく情宣戦は平穏に貫徹された。
なお、本日の情宣戦は「3.14法大弾圧救援会」のみなさんとともに行われた。法大救援会のみなさまには、われわれの後輩のために毎日、ビラ情宣をしてくださって頭が下がります。ありがとうございます。
●今回の問題は学生だけの問題ではない
遠坂です。
今回の弾圧、無茶苦茶である、許せない。
と、同時に、当該の処分された学生がへこたれていない。
キャンパスで学生部長を取り囲んで大衆的に追及している。
それがすごくうれしい。
教授会のやっていることは、ごう慢そのもの。インテリゲンチャとしての反省のかけらもない。声明にあるように「せこい」の一言につきる。
「法大当局よ。ここまで腐ってしまったのか」と言いたくなる。
退学処分は絶対に認められない。
何より、現役の学生にがんばってほしい。
だが、今回の問題は、それにとどまらない。
退学処分を出した安東学生部長に代表される現役の教授たちと同世代の私たちの責任が大きい。
安東学生部長の世代とは、自民党の次期総裁候補の安倍晋三内閣官房長官や民主党の前原前代表などに人格的に代表される「国防おにいちゃん」たちの世代で ある。
小泉首相の北朝鮮訪問・拉致問題のクローズ・アップをきっかけとした反北朝鮮キャンペーン。あるいは、小泉首相の靖国参拝に抗議する中国・韓国の民衆の 決起への日本国内でのバックラッシュ。それらをきっかけとして、新たなナショナリズムが台頭してきている。
昨年、夏、東京.杉並で「つくる会」教科書の採決をめぐる賛成派と反対派の激突の中で、ついに「ネット右翼」まで街頭に登場したのを目撃して、このナショナリズムが単なる復古主義ではないことを痛感している。
だからこそ、今回の退学処分を許すのかどうなのかは、現役の学生の世代を超えた課題であると思う。
●勇気ある一歩をともに踏み出そう
このサイトを見ているあなたは、ちょうど今、共謀罪の衆院法務委員会強行採決に反対して、民主党の全議員に反対の立場を貫くように求めるメールの書き込 みを必死になってやっている1人かもしれない。
共謀罪強行と同じことが法政でも起こっている。
だから、共謀罪採決を今この時点で許してない大衆的な反撃を、同じように法大当局にたたきつければ、必ず処分は撤回できると確信している。
勇気ある一歩をともに踏み出そうではありませんか。
●私の世代は「谷間の世代」
ついでに、自己紹介を一筆。
1976年4月、法政大学文学部哲学科に入学。
入学当初、1年Bクラスの友だちから「入学にあたって、両親に『学生運動には絶対かかわらない』という誓約書をかかされた」という話を聞いた。
実は、私も書かされた。
入学の前年の1975年、新聞に毎日のように「法大キャンパスで内ゲバがあった」という報道が載せられていた。だから、両親がそんな誓約書を書かせるのも当然といえば当然のことなのだが。
そんな誓約書を書かされても、入学してすぐに学生運動に飛び込んだ。
ちょうど、私と同世代に女優の大竹しのぶさんがいる。
彼女の兄貴が学生運動をやっていて、彼女は「私も大学に入ったら学生運動をやるんだ」と思ったという。
ところが、大学に入るとバリケードは解かれて、いわゆる「正常化」された後だった。彼女は学生運動に飛び込もうにも飛び込めなかった。
当時、『朝日ジャーナル』は彼女のような人を「谷間の世代」と呼んだ。「全共闘世代と新人類にはさまれた世代」という意味を込めて。
●学生運動と無関係でいるのが不可能だった
だが、法政は違った。
キャンパスに入るとベニヤ4枚張りの看板が6枚か7枚毎日並べられて「○○闘争に決起せよ」とか「町田移転阻止」という文字がいやがおうでも目に飛び込んできた。「トロ字」と呼ばれた独特の字体で。
正門で白や黒のヘルメットをかぶった活動家が始業時から、せっせとビラをまいていた。
試験時になると、「BBSP(爆竹・バルサン・スプレー・ペンキ)作戦」と呼ばれた試験粉砕闘争で、試験は中止になった。
4年それが続いたら一回も試験を受けないで卒業する学生が生まれてしまうということに危機感をもった当局は77年1月、ガードマンを導入して、試験会場を鉄板でおおった。
こんな環境で、学生運動と無関係でいるなんて、少しでも左翼的感性があったら不可能だ。
●総長団交で人生観が根本から変わった
77年5月6日、成田空港の開港を阻んでいた岩山鉄塔が闇討ち的に倒された。
それに抗議して、その日のうちに、現地にかけつけて、機動隊に火炎ビンを投げつけた。
そうしたら機動隊に取り囲まれて、ボコボコにされ、顔中あざだらけになりながら逮捕された。
まだ当時、未成年で少年鑑別所に送られた。鑑別所から千葉刑務所に送られた。
刑務所の中で、5月23日の狭山差別裁判糾弾闘争で大量逮捕者が出たと聞いた。
さらに、5月27日、法大で「町田移転阻止」「3条件6項目解体」を掲げて学生会館に泊り込んでいた学生308名全員が不当逮捕されるという大弾圧事件が起こった。
これに抗議して学生部長団交、3学部長団交が行われ、
78年1月12日には、中村総長との大衆団交が511番教室の教室を満杯にして行われた。保釈されたばかりの私も、この団交に参加して、学生運動の醍醐味を実感した。
大学に入って1年生と2年生の間にこれだけのことを経験すれば、人生観が根本から変わってしまって当たり前だ。
そんなことがあって、文学部自治会委員長を引き受け、果ては、全学連副委員長まで引き受け、84年に再度、成田闘争で逮捕されることとなった。
●法大生に生き続ける「闘う文化」
70年から80年代にかけて、活動家であろうが、一般サークル員であろうが、学生会館を中心として、法大が全国学生運動の拠点と言われたことにみんな誇 りを持っていた。
一文連のGLC(グループ・リーダース・キャンプ)に参加すると、混声合唱団のサークル員から、「革命の歌」を自分たちは歌っているんだという話を聞いた。
応援団の団員だって「町田移転反対」という意見をはっきりもっていて、学生大会に参加して、ストライキ決議に参加した。
そうした、闘いのスピリットが現在に至っても法大に脈々と生き続けていることは、先輩として本当にうれしく思う。
一文連の機関誌は、『文化創造』であるが、確かに法大には、学生会館と試験粉砕闘争とストライキと立て看板と始業時からのビラまきに象徴される闘う文化が不屈に生き続けてきた。
法大当局、とりわけ安東学生部長世代は、この『闘う文化』に憎しみを抱いて、自治会を非公認化し、学生会館を閉鎖・解体し、ついに立て看板・ビラまきに手をかけてきた。
OBの間で話していくなかで、学生会館という恵まれた環境が、法大学生運動にとって、どれほど大きな財産であったのかを実感している。
今の現役の学生諸君が、学生会館のない困難な状況の中で、当局と渡り合っているのを見て、ほとほと敬服する。
とはいえ、マルクス・エンゲルスが『共産党宣言』で書いたように、「鉄鎖以外失うものがない」者は強い。
それこそ、闘いの原点だ。
だから、ある意味、今、キャンパスで学生部長を追及している現役の学生諸君の挑戦は1970年代の疾風怒とうの時代を越える挑戦をやっている。
●立場の違いを越えて、ともに闘おう
話が自己紹介から、いつの間にか離れてしまったが、とにかく、声明でうたわれている、「若者の自由を守ることは先達の責任である」という点に共鳴して、
共同代表に名前を連ねることにしました。今私は、杉並での反戦運動や東京での労働運動にかけずり回っていますが、立場の違いを越えて、「処分撤回」の一点で一致して行動することを呼びかけます。