ヴェネツィア・ラ・フェスタ

クリスマスの夜は、うちではいつもこのCDを聴きます。

061225.jpg

1997年にWINTER&WINTERレーベルから出た"VENEZIA LA FESTA"。ちなみにクリスマスソングは入ってません。

イタリア、サンマルコ、カフェの喧騒と楽団演奏がセットになって、空気ごとイタリアが味わえる感じです。レパートリーは、ヴェルディ、ヨハン・シュトラウスなんかの定番オペラなどが中心。

こういう生演奏がカフェで日常的に聴けてしまうのって、ちょっと信じられない。クオリティ高すぎ。センス良すぎ。ピアソラのリベルタンゴなんかもやってるけど、これがまた本家よりいいかもしれない俗っぽさがあってゾクゾクしてくる。

これ、まだ売ってるのかな?と思ってAMAZONを検索してみたら、こちらがありました。

Venezia La Festa
Venezia La Festa

これは第2弾だったかな。これも持ってるけど、一枚目が強烈で、あまり聴いてない。でもまあレパートリーは似たようなものです。

投稿者 suemura : 11:12 PM | トラックバック

コミタス・ヴァダペットについてのノート

divine_liturgy.jpg

コミタスの「Divine Liturgy」(写真上の中央)と出会ったのは、
もう10年くらい前になるだろうか。
なんとなくジャケット写真に惹かれて買たのだけど、
実はその風景に既視感が存在していたことに気づかずにいた。

Divine Liturgy とは聖餐の意味で、聴こえるのはシンプルで荘厳な宗教音楽。
この音楽は、ちょっと並じゃない密度と強度を感じさせる。
対位法や旋律の構造がどうのこうのという問題ではない。
メロディーの力? うたの力? そうかもしれない。
でもそのような説明で事足りるとはとうてい思えない。
今まで親しんできた音楽は、音楽として安心して聴けるのだが、
どうもそこまでの話で、それは音楽でしかないというか。

神がかり的に完成度の高い音楽というのは様々あるが、
そういう次元でもない。
人の手によるものというより、勝手に一人で地面から生えてきたような音楽。


k.jpg


その後この写真の建物が、アルメニアのサナイン修道院という
文化遺産であることを知る。
そしてこの修道院の風景は、パラジャーノフの「ざくろの色」で
もともとしっかり脳裏に焼きついていたものだった。
映画をみなおすと、コミタスの音楽も鳴り響いていた。

KOMITAS VARDAPET(1869-1935)
本名をソゴモン・ソゴモニアンという。
コミタスは、アルメニアの大建築家・音楽家のコミタス(ゴミダス)にあやかり、
ヴァタベッドは修道僧の称号。
修道士であり、アルメニアの音楽の父とも呼ばれる。
精力的に民謡を収集し、当時の蝋管録音も残っている。
この残されたアルメニア民謡が、とてつもなく心に響く。

1915年のトルコによるアルメニア人大虐殺で、
コミタスは生き延びるが、その後の20年間を精神病院で過ごす。


参考:
http://www.asahi-net.or.jp/~zi6y-mrkm/1_reed/reed_armdance.html

Divine Liturgy


投稿者 suemura : 12:02 AM | トラックバック

フラトレス

音楽というと、ここ15年くらいはずーっと同じものを聴き続けている感じ。

タワーとかで色んなものを試聴してみても、1~2曲は新鮮でもそれ以上というのはなかなかない。もうめぐり合わないんじゃないかというほどない。

ペルトのタブララサは、そんな15年物のうちの一枚だ。ペルトを最初に聞いた作品だけど、彼のアルバムを一枚選ぶとしたら、結局これしかない。

冒頭のフラトレス。ギドンクレーメル(vn)とキースジャレット(p)のデュオ。ティンティナブルという3和音のミニマルな様式。

フラトレス(FRATRES) = 信仰を同じくする仲間―兄弟

自分はフラトレスにめぐり会えただろうか? めぐり会えるだろうか? いい音楽は、もうこれ以上はいらない気がしているけれど、フラトレスは必要だ。

061206.jpg

TABULA RASA

投稿者 suemura : 11:47 PM | トラックバック

巻上さんインタビュー

巻上公一のインタビュー記事を読みました。

巻上さんというと、ここ数十年はソロパフォーマー(?)として神出鬼没な人という印象。ヒカシューのほうもずっと続いていて、13年ぶりのアルバムをだしたばかり。

インタビューは、「こんな経歴があったんだ」みたいな発見もあって楽しめます。昔ロンドンの即興劇団にいたころ、音楽はヘンリーカウで、「どんなパフォーマンスだったの?」という質問に答えて-

劇場を2トントラックで持ってきた枯れ葉でいっぱいにしてね。人がずーっと1時間くらい枯れ葉のなかに埋まってる。で、出てくる、みたいな(笑)。
これとか、本人の口から聞かされると、かなり爆笑ものかも。

で、「即興でうたを作るというのはどんな感じ?」みたいな話の流れでこんな発言がありました。

バンドにはバンドの人格というか、「バンド格」があるはずなんですよ。メンバーが集まると知らないうちにできてる。ヒカシューだと、「うわー、ヒカシューって変なバンド」とみんな思うでしょ。それもひとつのバンド格なわけよね。それが自分の個性や音楽的な趣味を超えてないとダメ。そうじゃないとバンドではなくて、ただのセッションとかになっちゃう。
これは単にソロとバンドの違いみたいな次元を超えて、表現の場での「個」のあり方みたいなニュアンスとして伝わってきます。

ここでいう「バンド」は、「会社」とか「ブランド」でもいいし、究極的には「個人」にも当てはまってくる。かなり深い話だと思いました。

投稿者 suemura : 09:54 PM | トラックバック