『気候変動+2℃』

気候変動 +2℃
気候変動 +2℃

地球の平均気温が2℃上がると世界はどうなる?
地球温暖化の問題がビジュアル的にうまくまとめられていて、問題の深刻さが直感的に伝わってきます。

温暖化問題がいまいちわかりにくかったり、切実に感じられなかったりするのは、温暖化の予測が必ずしも当たるとは言い切れないこと、その根拠も現状の人間の能力では、明快に示すことが難しいことにあると思います。

たとえば、温暖化研究のスタンダード的な機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による、100年後の地球の温度上昇予測にしても、1.4℃~5.8℃という非常に落差の激しい不確かさがあります。なぜこのような落差が生まれるのか知りたい方は、本書を読んでみるとよいでしょう。

地球温暖化って、人間の生活習慣病(成人病)とすごくアナロジックな気がしてしまいます。癌などの成人病は、長い人生の生活習慣によって育っていくわけですが、相当悪くなるまでたいていの人は気づかない。たいてい自分は大丈夫だと思っている。でもある日突然病気を宣告されると、その時はもう手遅れ。

成人病の場合は、個人の問題だから被害は最小限ですが、温暖化の場合はそうはいかないでしょ。自分達の子供、孫たちが明らかに大きな被害をこうむります。

「もう本当にやばい状態なんだよ」ということが、この本によって広く知れわたることを願います。

気温上昇と環境影響

+1℃ 
アフリカで作物収量が減少
クイーンズランドの熱帯雨林50%減少

+1.5℃
インド洋の珊瑚死滅
グリーンランド氷床の全面融解始まる

+2℃
海面上昇で最大2,600万人が移動
世界で穀物生産が低下し、食料価格増大

+2.5℃
中国の北方森林が消滅
アマゾンが砂漠化

+3℃
12~13億人が水ストレスにさらされる
人口の50~60%がテング熱感染の危険

+4℃
アルプスの氷河消失
飢餓リスク人口が6億人増加

「2℃」という数字は、工業化以前の気温と比較した「人類が超えてはならない一線」とされています。そして、複数のコンピュータシミュレーションの結果から、2026年~2060年に2℃を突破すると予測されています。
    

投稿者 suemura : 10:59 PM | トラックバック

『ゆりかごからゆりかごへ入門』

アメリカの建築家ウィリアム・マクダナーとドイツの化学者マイケル・ブラウンガードの共著で、"Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごへ)"という本があります。

Cradle to Cradle
Cradle to Cradle

Cradle to Cradle デザインと呼ばれる彼らの思想を伝える書物は、今までとは異なった新しい材料で作られた本なのだそうです。

本の用紙はポリマーを使っていて、表紙や接着剤もこのポリマーのみ。インクは無毒なもので、簡単かつ安全な処理方法、または高温の水槽で、ポリマーの用紙から洗い流すことができます。そしてこの紙とインクは、回収して再利用できるのですが、これまでの紙のリサイクル製品とは全く違った考え方によって作られており、リサイクルの過程で自然や人間に害を与えることがなく、自然の循環のなかにうまく取り込まれているのだそうです。

Cradle to Cradle デザインとは何かというと、つまりこの本の作りかたそのものが示しているとおりの、サスティナブルな社会・経済を実現化するための考え方ということになります。

この本はまだ日本語に翻訳されていませんが、その翻訳に先立っての入門書となるのが、『ゆりかごからゆりかごへ入門』(日本経済新聞社)です。

ここで、Cradle to Cradle という考え方をよく表している箇所を引用してみます。

誰もが、Cradle to Cradle の考え方を実践することによって実現する社会が、真のサスティナブルな社会です。

サスティナブルという言葉は、一般に、節約や、物を大切にするとか、環境に配慮することで、現状をこのまま10年、20年、30年後まで温存していくにはどうしたらいいかと考えることのように思われています。だが、そうではありません。そもそも日本語で「サスティナブル」を「持続的」と訳すことが間違っているのです。

マクダナーの著書『Cradle to Cradle』の中で、繰り返し何度も述べられていますが、サスティナブルとは、「発展的、成長的、流動的」なものであり、日本語に訳すと「循環型の生態系(自然のめぐり)をつくる」というのが真意に近いのです。

マクダナーは、すべて自然に還すことができる、化石エネルギーは使わない等々の、あらゆる環境問題をクリアしたものづくりを提唱しています。車でさえもこの考え方で開発中だそうです。以前、Newsweek誌でシカゴや中国の都市開発の記事を読んだときは、「こんなことが本当に可能なんだぁ」と半ば懐疑的に読んでいたことを思い出します。

たとえば京都造形大学教授の竹村真一さんが、地球と人間の未来を語るとき、人間の知恵なんていうものはまだまだ本当に浅知恵で、これからもっともっと自然に学んで、技術を磨いていけば、困難な環境も乗り越えていけるんだみたいな言い方をよくします。最初は「楽観的な人だなあ」くらいに思っていたんですが、それはそんな次元ではなく、未来の可能性に対しての姿勢が、アグレッシブなほどポジティブなんだということに最近気づきました。産業革命以来の人間の数々の失敗は、まだまだ未熟な人間の経験の一過程でしかなく、これからもっと自然と共生可能な技術を手に入れることも可能なんだということ。

私達は、そんな未来像のほんのまだ入り口をみつけたにすぎないのでしょうが、自分としては、そっちに行くしかないと思いはじめています。

投稿者 suemura : 02:30 AM | トラックバック